【黄黒】ライブラリ
そんな風に、偶然にも黄瀬に励まされた黒子が、無事レギュラーの座を射止めたのは、それからまた数ヵ月後のことで、さらに学年が上がると、黄瀬がバスケ部に入部してきた。およそ常人とは思えない上達速度で一軍まで二週間で上って来た黄瀬の教育係を任命された黒子のことを、あの時の図書委員だとは黄瀬はさっぱり覚えていなかった。存在感が薄いとはよく言われるが、おそらく黄瀬も黒子のような一図書委員の顔など覚える性格でもない。
それからはまたしばらく図書室によりつく頻度は極端に減った。図書館での事件の顛末を聞いて、黒子が黄瀬と一緒に図書館へ足を運ぶことは、あれ以来、在学中一度もないことだった。
三年の全中が終わって黒子が部活を辞めてから、黄瀬と過ごす時間もなくなって、黒子が図書室で過ごす時間はいっそう増えた。
毎日、座る席を変えながら、勉強の合間に人間観察をする日々が戻って来た。相変わらず、そこから眺めると、黄瀬の姿がよく目にとまった。
体育の授業をだるそうに受けているところも、女生徒に囲まれて裏庭を歩いているところも、一年生の時と変わらない光景だった。時折、ふらふらと何かを探す様に一人さまよっている姿も見かけた。それが、もしかしたら自分を探しているのだと思うのは自惚れているだろうか。
そんなことを考えていた黒子の頭を冷やしたのは、黄瀬が見知らぬ女生徒と、図書室から見える渡り廊下の一階でキスをしている場面を見たからだった。目撃してしまった時、なんて運がわるいんだろうかと、黒子は胃のあたりがぎゅうっと掴まれたような感覚がして、ひどく冷えるのを感じた。
よく見れば、女生徒が一方的に仕掛けているのはわかるけれど、黄瀬もあえて彼女を突き飛ばすこともなく、好きにさせている姿に、黒子は思わず机に突っ伏して、こっそりと泣いた。本当は無く資格も黒子にはなかった。
中学最後の日も、黒子は図書室から黄瀬を見ていた。正門の近くで女の子たちに囲まれてもみくちゃになる黄瀬を。
女の子をまいて裏庭の方へ逃げてくる可能性は予測していた。それでも黒子が場所を移動しなかったのは、いつも黄瀬はそこに黒子がいることに気づかないからだ。じっと黒子が見ていても、ただの一度も黒子は彼に見つけてもらったことがない。
そのことをどうと思うことはないのだ。そういう風に意図してやっていることもあるから。
その日に限って、黄瀬はなぜか空を見上げるように上を振り仰いだ。たまたま、黒子の座る図書室の前で、図書室のある方を向いて、上を見上げた。
一瞬、隠れてしまおうかとも思ったが、気づいた時にはすでに黄瀬の視界に黒子は入っていて、今更動いたところで遅いと判断して、黒子はそこから動くのをやめた。
黄瀬が黒子を見つけてみるみる目を見開くのがわかった。彼からすれば、およそ半年ぶりのことだ。黒子だってこうして、目を見て向き合うのは同じだ。いつもこっそり見つめている時とは違う緊張感がある。胸がドキドキと痛いほどに鳴っていた。精神の変化にあまり身体が反応するほうじゃなくて良かったと思う。多分、動揺はあまり表情には出ていないはずだ。
「君のその目が好きなんです」
まっすぐ黒子を見つめ返す黄瀬が好きだった。今も変わらず好きだと思える。そのことにひどく安心する。つぶやきが声に出ていたようで、何か言ったか、と司書の教員に礼を述べに来ていた緑間が黒子に聞いた。
黄瀬から視線をずらしたのはわざとではなく緑間の方を向くためだったが、良い機会だった。黄瀬の視界が黒子の誘導に動くのを見て、黒子は黄瀬から死角になるように席を立った。
「じゃあ、緑間君、高校でも頑張ってください」
「ふん、本当にお前は馬鹿なのだよ」
それは誠凛を選んだ黒子に対する言葉だろう。インターハイ予選で会いましょうと言うのは、決して強がりばかりではない。
図書室を出るとき、もう一度、緑間の馬鹿だ、という声が聞こえた。それはきっと黒子が黄瀬に会わずに行こうとするからだ。思えば図書室は黒子にとって一方的な黄瀬との思い出が詰まっている場所だった。
黒子は好きなのだ、黄瀬が。黄瀬との関係はほとんどがバスケットで構成されていたのは事実だけれど、バスケが嫌いだから、彼のことも嫌いになるなんて、そんな単純な公式があてまるわけもない。
ただ、不安はあった。あんなに好きだったバスケをこんなにも嫌いだと思うなら、今でも好きな黄瀬のことを激しく憎む日もくるかもしれない。そんなことを考えて、彼の顔を見るのがつらかった。黄瀬が黒子を好きでなくなる日が来ることもあるのだと思うと苦しかったのだ。
一方的に姿だけを見て、まだ彼のことが好きだと確認するような身勝手なふるまいを、黒子自身が一番、許せなかった。多分、黒子から黄瀬に会いに行くことはこの先無いだろうと思えた。最初から、応えるつもりもない想いだったのだ。
半年前からまだ何も変わっていない状況で黄瀬に会って何か言えることもない。黄瀬からのアプローチに心が揺らがない自信も無い。黒子は相変わらずバスケに対する不信感を抱えたままで、春から参加する新しいチームとチームメイトになる人間達だけが今のところの黒子の唯一の希望だった。