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夢轍/[I] 始まりの黒、鉄の街、ジレーザ1

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重油の染み付いた黒い土はどんなに耕しても、どんなに種を蒔いても、作物を成長させてはくれなかった。根こそぎ煇石を採掘しきった鉱山に、価値などは無い。それが、この国フェンデルの大煇石による恩恵であると知ったのは、カーツが十になった時だった。
 フェンデル南部は北部に比べて雪こそ少ないものの、元々土地は痩せていた。代わりに豊富だった地下資源――火の煇石の存在があればこそ、かつてこのベラニックという街は有数の鉱山を擁する鉱山地帯だったのだ。
 大煇石の存在がして極寒の地となったフェンデルで火の煇石は貴重な燃料であり、軍部でも多量の煇石を必要としていた。その為、一時は鉱夫や商人、亀車で溢れかえったこのベラニックも、今では痩せた土地を抱え極々稀に見つかる煇石を細々と燃料に回すのが関の山であった。そんな状態ではあったが、硬くて痩せた土を長年かけて開墾するよりも、僅かの煇石の欠片を探す方が余程効率がよい。かつての賑わいの残滓のように聳える古い旅籠だけが、未だに唯一遠くからの旅人や商人らを歓迎するも、そうではない町の住人はひたすら地面を見ている。なかんずく腕に覚えの在る男ならばストラテイム狩りなどもするものだが、生憎と今ではそのような気概を持つ男は、皆祖国のためと嘯き出稼ぎに出るのだった。そうなれば残された女子供と老いたるは、煇石の欠片のあるなしにその日の糧を託すしか手段がない。ウィンドル王国と国境を接する寒冷地の寂れたベラニックという町は、そういう場所だった。

 さてそんな町に生を受けたカーツという少年であるが、土地を耕すでもなく鉱山に稼ぎにゆくでもないような、まして子供がすることなどせいぜい地面に時折落ちている煇石の欠片探し、そんな事をするよりはと家にある書物を読みつくし、更には旅籠を手伝うという口実で客人の話を聞きせがむような子供であった。
 そうして集めた知識から、少年は少年なりに一つの結論、或いは疑問を導き出していた。
 フェンデル北部に鉱物資源が集中していること、ベラニックと首都ザヴェートとの間に聳える険しい山を越えると景色そのものが一変すること、白い粉雪の中に煇石の欠片が混じっていること、氷海と言われる流氷に囲まれた湾内に存在する油田、旅人から聞いた、或いはかき集めた書物で知ったことは全て、一つの事を表している。
 即ち、他二カ国に存在する大輝石――フェンデルにも存在するであろうそれは、恐らく、フェンデル北部首都ザヴェートの近郊に存在するのではないか、ということを。

 大煇石、原素を生み出す力の源。その恵みがなければ生き物は生きてゆくことはできない。大煇石が原素を世界に巡らせ、そして動植物が生まれ人が生まれたという話は神話ではあったが常識でもある。旅人に聞けば南の隣国ウィンドルの風を生み水と森を育む大翠緑煇石や、潤沢な水で熱砂の国土を潤すストラタの大蒼海石、その何れも生き物を――殊更に人を生かす為に大煇石はなくてはならない存在だ。大煇石なくして人の存在はなく、世界に文明が栄えることすらなかった。博識な旅人は子供向けの創世神話をそう締めくくった。

 だが生憎と、この国の大煇石の居場所だけは誰に聞いても芳しい言葉は返ってはこなかった。それは、カーツがたかだかこんな村の少年だからと見くびっての事ではない。
 そもそも、その所在を隠す必要性を感じないし、言葉を濁しているという素振りも誰にも見受けられない――それこそこんな村の少年一人に嘘をついたところで、意味はない。
 大煇石が存在しないわけはなかった。神話の伝説が示す通り、そもそも、国が成り立ったのはそこに大煇石が確かに存在していたからであり、そうでなければこの地に命が生まれそれらが生態系を構築し人々が社会を形成するわけがない。大煇石が生み出す恩恵こそ国がそこにある理由であり、生き物が存在しているのであればそこには必ず所以たる大煇石が存在しうる。だから人々は大煇石に祈り、崇め、敬うのだ。それがそこに存在する限り、人は生きてゆける。存在しなければならない。
 不可欠な存在だからこそ秘せられるのだという理屈もあるのだが、ストラタにせよウィンドルにせよその神々しき輝きを隠すという気はないらしい。ウィンドルに関してはそもそも大煇石を中心として城下を形成し町をつくり発展した国だ。ストラタにしても、かつてはウィンドルと同様であったという話も耳にした。では、この国はどうなのか。
 奪うことしか知らない祖国は、大煇石ですら奪われると危惧し秘匿しているのだろうか。とすれば実に恥ずべき、情けないことではないか。そう言うと空腹を紛らわせる為にとカーツが差し出した果実酒を薄めた水の対価として大煇石と国の由来を語った吟遊詩人は笑ったが、眉の奥に潜む密やかな光は、まだ幼さの残る痩せた頬や見上げる眼差しへとひたと向けられていたのだ。

 ベラニックという町の存在とその理不尽さを、寂たる佇まいが如何にして出来上がったかということを、カーツは商人や旅人ら、そして遠征の帰途にある軍人らから聞き出し知っていた。
 元々この町の寂とした空気を忌々しく思っている少年である、考えてもみろよ坊主、俺たちは国の名前を背負っている、そういう事を正義と信じてストラタの海賊と戦っても、迎えてくれる最初の門構えが腐って倒れかけた代物じゃ、一体全体俺たちは何をしてきたんだ、そういう気になったって仕方なかろう。宵の口に祖国の酒を引っ掛ける兵隊がいい気になり子供に漏らした本音に、少年はいちいち頷き真剣に聞き入っていた。

 だったら総統様に伝えておくれよ、土台この村の土は枯れてるし、煇石なんて欠片も残っちゃあいない。軍隊に行かなかった男どもはストラテイムを追いかけて手足を失くす。ストラタ海賊をいくら捕えて船を奪ったって、あたしらの食卓にウィンドル野菜が出てくるなんてことはないんだ。不満げに鼻を鳴らしながらも、旅籠の女将は帰還兵には倉庫に熟成させておいた上物の干し肉にたっぷりの香辛料を付け込んだものを出すし必ず酒樽を開けてやる。この国にとって軍人は手足であり、手足は獲物即ち他国からの略奪――煇石すら稀少なフェンデルという国が自活する見込みは殆どなく、唯一の資源たる地下資源を切り売りしたところで十分な麦を確保も保管も出来ないのが現状だ――奪うための手段に他ならない。なれば、こうして出来る限りのもてなしをしてやらねばならない。それはこの村唯一の旅籠であり収入源たりえる「財産」の持ち主という自負と、そこから来る最低限の見栄、そして軍部相手に煇石や食料の横流しを暗に強請るという、彼女なりに編み出した知恵から来る行動だ。
 そういう女将はけれど身寄りがなくなったカーツを引き取り育ててくれているし、軍人や旅人と言葉を交わすことは楽しかった。少なくとも、村の老人達の世話をしながら彼らの愚痴を聞くより、余程有意義だ。
 けれどそういった村以外の人間と交われば交わるほどに、カーツの中での鬱屈と疑問、そして空洞は育ち行く。こんな所に居るべきなのか。こうして、貧しさという泥濘に身を浸したまま、緩やかに思考を締め付けられながらやがて逼塞してゆくことが、本当に正しいのか。