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夢轍 [2] 変革、廻り出す音、雨と奈落1

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全く、不愉快だった。
 大煇石研究は国家的急務だ、などとしたり顔で言う癖に、全くあの技術中将殿の誠意の無さには怒りを通り越して涙が出てくるほど情けなさを感じる。大煇石開発が急務であることなど、この国に住まっていれば皆一様にそう感じている常識以前の問題だ。あの男がアンマルチア族研究者と伝さえなければ、そういう言葉を飲み込んでいるのは何もカーツだけではなかった。
 煇術兵器開発部に所属しているなどと言えば、軍技術部の中でも大煇石開発部と並び生え抜きのエリートといった印象だが実態は全く違う。
 大煇石から原素を取り出しその原素エネルギーを元に生活水準を上げるという大命題を掲げた軍開発技術部の一員である事は確かであるし、そこから兵器転用技術を開発するのが主な仕事であり、寝る間も惜しんで政府党内部の研究機関に篭り、演算と理論、解明と検証を繰り返す日々もそれなりに充足しているように思われるものだが、実際煇術兵器開発部に回される予算の枠組みは、ありえないことなのだが開発部でも最低クラスだった。
 兵器開発――全くこのフェンデルという国にとって現状でも発展を考えた上でも必要不可欠である二本柱、即ち大煇石開発と兵器開発の二本柱のうちの一つにすら回す費用の捻出すら出来ない――大煇石由来の煇術複合兵器開発に携わるということで些かの生きがいのようなものを見出し静かに情熱を燃やす若き将校にとって、それは国の裏切り行為に等しかった。
 とはいえ、カーツは「何故」を考える男だった。何事にもすべからく理由がある。そして結果がある。その理由を知ったところで不愉快さは消えてなくなるわけではないが、少なくともかっかと煮えるこの腹の中の怒りは、多少は沈静化する。理屈と言い訳を脳裏で重ねるたびに、にわかで率直な感情は矛先を失うことを知っているからだった。
 予算審議会という名目上の「会議」で此度も見事に敗北を喫し、くたびれた軍服に目立つのは肩につけられた階級章よりは蓄えた贅肉であるリジャール技術中将がしょんぼりと肩を落とす様は些か滑稽にも思えるほど、彼がもぎ取ってきた予算は、雀の涙ほどのそれだった。
 こんなものでは件の新型すら量産出来ない。吐き棄てるように言い、鬢に大分白いものが混ざる男は確かに「煇術兵器開発」に回されるにしてはあまりにも情けない数値が記載された書類を机に放るや、どかりと腰を落とし葉巻に火をつけた。誰かが、空気を呑む音が伝わってくる。
 政府塔四十二階にある研究本部に集った顔は何れも開発部の中でも特に煇術開発に携わる面々であった。大煇石研究技術顧問のアンマルチア族の姿もある――彼らの技術提供なくしては、煇術銃は勿論のこと、いわゆる蒸気機関戦車とかいう新兵器開発はままらななかっただろう。そんなどちらかといえば錚々たる面々が揃う中、カーツは唯一、現場の責任者という立場だった。その顔ぶれに些かの疑問は抱いたが、カーツはそこで思考を閉ざした。
 リジャールは紫煙を吐き出し、一同を睥睨するように見渡したからだ。その疑り深そうな眼差しがカーツを見る瞬間に贅肉を蓄えた頬をぴくりと動かした。原素焼けして一部変色した前髪がどのように他人に見られるかなど、どうでもよいことだった。が、このいけ好かない男がウィンドル産高級葉巻を咥えながらさした努力もしなかった癖に、いかにも難儀な仕事をしたのだという風に寛いでいる様子には、我慢がならなかった。第一、この、でっぷりとした現場を知らない男の肩章の数ときたらどうだ。彼はいつだって、この政府塔の中からあれこれと無茶な指示を飛ばすだけなのだ。「国家的急務である」「全てはフェンデルの民が生きるため」「総統閣下もお望みである」彼が寄越す書面は必ずといってよいほどこれらの文句で締めくくられている。吐き気がする。その一文を目にする度に、カーツは吐き捨てていた。

 そもそもこの変色した前髪は、三年前の「事故」の名残だ。あの事故で二度と仕事に復帰出来なくなった人間は少なくは無かった。現場監督を務めていた大尉が政府塔内勤務になったのも、あの時だ。彼は二度と歩くことは出来なくなり今も政府管轄の療治施設で過ごしている。

 その、当時の責任者が三年前は中尉だったこのリジャールである。とはいえ現在の彼は現場を訪れることは殆どなく、政府党内から無理難題を押し付けるだけだった。その男が今は開発部の主導権を握っているという現実は、やはり愉快ではない。
 だが現場が如何に上官に不満を持とうと、フェンデルという国で大煇石開発と兵器開発任務は国家的命運を賭けた大いなる事業である。そういう独自の誇りを、技術部の人間は皆持っていた。だからせめて、最高責任者である彼が、その為の予算確保に奔走している、とでもいうのならこの苛立ちは多少は収まるかもしれないのだが。
「上層部もどうかしている。我らが任は急を要するというのにな」
 見下した風に、わかったかのように言うその口ぶりに、カーツの隣に立つ中年の男の肩がピクリと動いた。彼は第三兵器開発部の責任者でありカーツとは比べ物にならぬほどの権限を持つ、イワン少佐だ。カーツが属している煇術兵器開発部と第三兵器部は双子のようなもので、彼らが苦心して改良を施した或いは新たに開発した銃器とカーツらが作った原素回路を組み合わせることで、新たな兵器が生まれるというわけだ。それがいわゆる煇術複合兵器・煇術銃といわれるもので、一般的な銃剣よりも扱いは複雑だが威力が高く、煇術を使えずとも似たような効果を再現出来るために、一定以上の技量を持つ兵らにしか渡されることはない――無論、通常の銃剣よりも量産のコストが高くつくからだ。
 そうした仕事上の関わりから未だ若年で少尉位でしかないカーツを是非開発の責任者にと強く上層部に推してくれたのもこのイワン少佐だった。
 彼は現場組のカーツよりも政府塔に詰めることが多く、だからこそ内部の様子を良く知っている。当然だが、この実にいけ好かない中将殿の姿もより多く目の当たりにしているのだ。彼が時折カーツらの元に来ては不満を漏らしていることは、周知の事実だった。
 貴様がそうして旨そうに吸っている葉巻一つで、どれだけの煇石を輸入できると思ってる。今にも煮え繰り返りそうな腸を無理に押さえつけながら、カーツは押し黙っていた。

 何故、開発部まで十分な資金が回っては来ないのか。
 一つは、昨年ようやく終結を見たベラニック奪還作戦の影響だ。五年近くをウィンドル王国軍にかの地を支配されているという屈辱を、若き総統オイゲンは就任早々にして成しえたのである。無論その背後には技術開発部の――こと、蒸気機関戦車の存在が大きかった。当然だが、その為の開発費、人件費といったものは膨大な予算がつぎ込まれていた。