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夢轍 [2] 変革、廻り出す音、雨と奈落1

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 そしてもう一つ、リジャール中将が予算の一部を着服しているという噂が、ここ数年まことしなやかに流れている。予算案の書面にしても、工作していると見て間違いはない。彼が政府党内で『何か』をしていることは周知の事実で、だが、彼にはアンマルチア族を政府党内にとどめて置いているというただその一点、だがフェンデルという国にとってはあまりにも大きすぎる点を彼という小物が有しているだけに、誰も口を出せないのだ――総統オイゲンですらが、たかだか中将風情のこの男に、何もいえない。オイゲン総統がアンマルチア族と交渉の場を持ち、彼らの類稀なる技術と頭脳を政府党内に引き入れたという功績は、リジャール中将なくしてはありえなかったという現実が、鉛色の空を貫くジレーザに、重くのしかかっている。
 財源は限られている。だが、成すべきことが多すぎる。結果、最優先されたものは兎も角としてそうでないものは限られた財源の中で開発と改良を進めるしかない。カーツが所属する第六開発機関は、開発道具ですらも壊れたものを修理しながら使うという始末だった。それでも、結果だけは求められる。
 この国が向かうべき方向は何処であるのか。この国の未来はひどく憂鬱だ。


 忌々しいあのアルコール焼けした赤ら顔に禿頭を思い出すと、未だに腹の辺りがムカムカとしてくる。漸くありついた酒も食事も、不味い。
 だからカーツは不愉快だった。そこに、拍車をかけて全くタイミング悪く声をかけてきた友人の言葉は、不愉快さを増幅させるものでしかなかった。
「何度同じことを言わせる」
 浮ついた議論に興味はない。断言して、カーツはそういった誘いは全て断っていた。土台が無理な話である。曰く、本来なれば大煇石の恩恵はすべからく平等である。大気をもって我々が呼吸するように、生まれた時から恩恵にあずかる『権利』がある。権利、などという言葉を持ち出した時点でカーツは論ずるに値せずと判断し黙止を決めてかかっていたのだが、友人マリクはどうも乗り気だ。だから、酒が余計に不味いのだ。安物のグラスを満たしていたものはとっくになくなっている。
「だがなカーツ。技術少尉としてのお前の名程兵隊連中に売れているのは」尚も言葉を続けようとするマリクの顔が僅かに曇ったことに、どこかで苛立ちを覚えた。カーツは細巻に火をつけ友人から視線をふいと外す。
「くどいな。面倒ごとはご免なんだ。それに、俺の名はそう軽くも安くもない」
 言ってから、しまった、と思った。吸いかけた煙が逆流して流れてしまう。だがもう遅かった。その褐色の瞳と甘い面で何人の女を口説き落としたか知れないマリクは、相棒の言葉の裏にある本音を探り当てた確信を満面の笑みで表していた。

 ザヴェートを訪れたあの春先から、十年。深緑色の軍服に身を包み、煇術回路の仕込まれた銃剣を帯びるようになったカーツはフェンデル軍部の技術少尉として工場区画独特の歪な道と政府塔を往復する日々を送っていた。それはつまり、灰色の景色の中を風雪に吹かれながら機械油と金属垢に塗れ、大煇石の機嫌に仕事の出来を左右される日々だ。
 薄氷に一年の四分の三は覆われている石畳にせよ、地表より大分温かな地下下水から臭う油臭さと粉っぽい空気にせよ、故郷のあの枯れた風情からすれば随分と活動的で生活感は漂っている。充足、という言葉を改めて感じる暇もないほどに、技術士官としての日々は慌しかった。
 既に棄てたものとして、故郷の名すら思い出さなかった。奪還が成ったという話を聞いた所で、たいした感慨すら浮かばない。
 蓄えた知識と持ち前の聡明さは、前線で凌ぎを削るよりもと技術科に配属され、アンマルチア族という伝説の一族に半ば師事するような形で軍という組織に組み込まれた。この世界の理を知るといわれるアンマルチア族の知識、そして技術に驚かされながらも、カーツは彼らからあらゆるものを盗み、そして今では直接、兵器開発に携わるまでになっていた。
 技術士官というからにはカーツの主な任務は兵器の開発と試験運用である。カーツの任は主に前者であった。
 大紅蓮石―フェンデルの大煇石はその扱いが殊更難しく、慎重に慎重を重ねたとて大事故の危険性を孕んでいる。そこから抽出した原素に関しても定着と安定に酷く難儀する。それが、所在が秘せられていた最大の理由であった。当然だが、尉官でしかないカーツは大煇石の所在などは知る由もない。大煇石由来の原素そのものを渡されるところから仕事が始まるのだ。それを大煇石由来と断ずることが出来るのは、そこらに転がる煇石とは比べ物にならぬほどの原素量と扱いづらさからである。
その、フェンデルの大煇石に纏わる難題に関してはアンマルチア族の知恵をもってしても、仔細の解明までは至っていない。ただ、過去に大煇石から原素を無理矢理に抽出しようとして大事故が起き、出力装置もろとも灰燼に帰した――つまるところ、他二カ国のように運用することは実質不可能だということだった。とかく、あれは天の僥倖なくばザヴェートの工場区画は吹っ飛んでいただろう、などと真顔でアンマルチア族にそういわれてしまえばカーツも好奇心だけで動ける理由を封じされる。そして、彼らもまた頑なに大煇石の所在を明かさない。が、明かされずとも良いような気持ちも、カーツの心には芽生えていた。危険なのだ。大煇石由来の原素の強烈さに苦労の連続の日々は、その大元に対する警戒と危機感を蓄積させるに至り、昔日の少年の野望というものは現実の中にいつの間にか溶け込み消失していた。
 この国の原素解明そのものは恐らく他国よりも余程秀でているし、兵器転用技術に関してもそれは同様だ。が、肝心の大煇石運用となると遅々として進まず、アンマルチア族を含む技師達が頭を抱えている間に、国土を奪われ貧しさを抱える人間から原素の恵みに見放され死んでゆく。
 この国が生まれながらにして抱え続けている病理を知ったところで、それはにわか医師に治療出来るような代物ではなかった。先達もまた同じ問題を抱え、壁にぶちあたり、足掻き、そして死ぬ。そういう幾多の崇高な理想の殉死を重ねた所でフェンデルという国は豊かにならず、結果銃剣と煇術を手足に侵略し奪うしか手段は許さない。一年前その座に就いた総統オイゲン閣下にしても、若さと情熱を武器にアンマルチア族研究者多数を政府塔に引き入れる算段を整えての就任だったが、それは氷海に投じられた一石に等しい価値しか生み出してはいない。波紋を生み出すには、ザヴェート湾の水は凍てつきすぎていた。

 先の戦争に勝ったとはいえ、一向に増した諦観という緩やかにこの国土を支配している大きな魔物は、どうも一筋縄ではいかぬようだ。若き士官候補生は早々とその事を悟っていた。
 それが、カーツがザヴェートで過ごした十年の一端であると同時に、哲学染みた重みとして根付きつつある感覚でもある。

「お前の慎重さは実戦では信頼に値するだろう。指揮官としてはむしろ良い資質たりえるかもしれん。が、だからといって己に嘘をついてまで灰色の空に殉じることもないだろう。お前が携わった銃剣は先鋒部隊では奪い合いだ」
「武器は嘘をつかん。だからな、マリク、俺は技術屋でいいと思ってる」