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夢轍 [2] 変革、廻り出す音、雨と奈落1

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「それも、嘘だな」断言するマリクは、「人誑し」に相応しい美丈夫の笑みを未だ俯く男に向けた。
「根拠は」
「お前は、諦めた振りをしているだけだ。期待しなければ裏切られることもない。我が身可愛さに稀有な才を世間から隠すことで安寧を得る、お前はそういう男か」
 マリクにしてはひどく珍しい感情の昂ぶりとは無縁の、沈着した言葉の端々にははっきりと刃といったものが含まれており、カーツに突き刺された。血のそれよりも尚熱く、苦しいものが体中を巡り感情を刺激する。刺激された痛みと一緒に、言葉にはならぬ苛ついた感情がさっと皮膚を覆った。いつだってそうだ。こいつは、突然こうして俺をひっぱってゆこうとする。あぁ、そうだ、こないだの新型の時もだ。俺は別に俺の手柄を誰かに知ってほしいわけでもない、だのに、こいつときたら。中将殿の不愉快な言葉を聞いてからこちとら、一日中持て余していた苛立ちが、ここへ来ていよいよ膨れ上がる。
「俺は、技術屋だ」
「おう、知っている。比類なき才能を持つ聡明な技術少尉殿に対して、一部のアンマルチア族研究者ですら実は舌を巻いているという噂もある」
「それ以上でもない。以下でもない」
「だったら、尚良い」
「お前の言っている意味が分からん」
「俺は何度もお前を口説いている。今更分からん、はないだろう」
 ああ言えばこう言う、まるで子供同士の言葉の応酬だが、彼の目的は目下若き将兵らの間で盛んに口論され加熱している「改革運動」にカーツを巻き込む事だった。確かに、この国のごく一部の人間が数少ない利権を全て掌握し、大多数の民は貧困に喘ぎ餓死か凍死かはたまた名誉の戦死かを選ばせられるという構造の歪さは痛感している。正しい、などとは思わない。
 けれど、だからといって改革派が言うようにそのごく一部の利権から来る利益を全ての民に還元などということは、そう簡単に出来るわけがない。まず、予算が足りなくなった各方面――特に自分たちが属している軍部からあっという間に不満が噴き出して、フェンデルという国そのものが傾くだろう。軍事国家、などと言われるフェンデルがこと軍編成の為に掛ける額というのは膨大であり、それがあるからこそ――軍と名の付くあらゆる組織が、国家活動を支えているからこそ、この国は成り立っている。
 改革派は成る程、若い将校が大多数を占めている。彼らは軍部から支給された銃剣と軍服を身につける事で力を得たような錯覚に陥り、すれば立場が弱い民を守るという総統閣下が提唱する理念を大義と思いそれが正義であると信ずるに至る。守るとは、侵略から守るだけではない,彼らの生活を守らねば。その理論には経済的な概念及び根本的な発想―つまりはフェンデルという国土の大部分を白い雪に覆われ半分以上は永久凍土であり農業生産性は絶望的でありそもそも口に入るものの半分以上を他国に依存しているという事実がすっぽりと抜け落ちている場合が多いのは、かつては自分らも弱い民であったにも関わらず今は喰うに困らぬという余裕から来る発想だった。金がなければその日の晩飯にすら困る。それは何も貧困層に纏わる問題ではない。この国が生まれながらにして抱える、そして国の発展を妨げる大いなる足かせなのだ。そういう事を、若い将校ほど自覚していない。何よりも、今この国の首脳陣は内側などには決して目を向けてはいないし向ける余裕などはない。奪われた領土を奪還するという宿願が、首脳陣や軍部のみならず、国民にも強く根付いているからだ。少ない原素を補うために公然と海賊行為までしてストラタ海軍から奪わねばならず、豊かな隣国を侵攻する必然性に駆られている。
 今は、内に目を向けるような余力などはない。それが、この国の現状だ。
 つまるところ、彼らの言葉は現実的ではなかった。
「分からんものは分からんさ」
 自ら夢想した理想という大義に浮かれて雪上訓練を怠り、遠征という名の侵略行為に駆り出された所で、彼らは民の生活を守る為の「狩猟」を充分に出来るとは思えなかった。現実に、議論に夢中になっている連中の動きというのは、時折随行するのみである技術士官であるカーツから見てもあからさまに浮き足立っている。自己の在り方に疑問を抱きながらでは、国を守る海賊などと揶揄されるストラタ海軍相手にまともに戦えるわけがない。ここ数ヶ月の「成果」には上層部も探りを入れる程に惨憺たる物らしく、お陰でカーツは痛くもない腹を探られた事も一度ではなかった。彼らの成果が芳しくなければ、そもそも民は貧窮する一方だと何故わからない。夢を見る前に足元を見ろ。その度に怒りにも似た酩酊を覚え、カーツは言葉を飲み込んでいる。
 理想に燃え現政権とは別の宿願を得ることで、侵略のための組織だという現実を忘れたいのか、或いは気付きたくはないという自己防衛であるか。何れにせよ彼らが掲げるものに共鳴できないカーツは、結局のところ技術士官としての仕事をこなせればそれでよい、と思っていた。己の武器は人よりも些か小ざかしい頭の中身と、そこから作り出す煇術兵器だということを、誰よりも自覚すればこそ、である。今の立場、今の環境、それが在ればよいと思う。マリクのいう理想などというものは、どうにも絵空事で実感のわかぬ類のものだった。自らも貧困の中にあったとはいえ、その気になり軍服に身を包めば、こうも変わる。そういう仕組みの中で成すべきことを知っているし、それ以上を望む気もない。すれば、改革などという言葉や概念には何の価値も見出せない。何故、マリクはここまで改革運動に入れ込むのか。それもわからなかった。
「お前の言う事はわかる。だがな、俺たちには少なくとも銃剣がある。貧困を廃しまっとうな国を作るという大義もある」
 それでも尚、夢見るような熱っぽい目をしてマリクは理想を語らんと口火を切ろうとする。うんざりだ。理想も、大義も、自らを過信した連中の誇大妄想も何もかも。国を作る?この男はよりにもよってなんて馬鹿げたことを言い出すんだ。
「叛乱など起こした瞬間に、大義など霧散する」
 吸い込んだ紫煙を吐き出して、カーツは眼前の友人をしかと見据えた。
「マリク、お前こそ考え直せ。お前のそうした理想主義は嫌いじゃない。だが理想に殉じるなどという青い感傷に付き合う気は、俺にはない」  これで、仕舞だ。言葉にせずにカーツは煙草をもみ消し、薄暗い地下酒場を後にした。