夢轍 [2] 変革、廻り出す音、雨と奈落4
全く動こうとしないからなのか、カーツの無気力極まる発言にマリクの表情が怪訝なものへと変わる。房の扉はといえば、相変わらず開かれたままだ。そういえば、巡回兵の姿が見当たらない。マリクがこの場にいるというのであれば、一体どのような経路で侵入したのか。カーツの重たく閉ざされた思考が、友人の顔を見たとたんに以前の動きを瞬時にして取り戻していることを、カーツ当人だけが気付けないでいる。
「何故?それこそ愚問だ、らしくないじゃないかカーツ。いや、らしからぬといえば甘んじて拘束された時からだ。全く、このオレがどれ程の危機を犯してここにいると思うんだ」
「…恩に着せるつもりで、こんな所まで来たのか」
「その通りだ。そうして口を利けるなら、身体も動くだろう。無理ならばオレが手を貸してやる」
マリクの不機嫌そうな口ぶりは、カーツが拒むことを全く想定などしていない。拒むならば無理にでも、そういう傲慢さもある。現実的に、細い食事で生を繋ぎ起きている時間の殆どを単純労働に充てているカーツに、まっとうな食事とまっとうな生活をしているであろうマリクの横暴を拒むほどの体力も無いのだ。
マリクは恩に着せると言った。
彼が何をどのようにしてここに侵入したのか、自分の居場所を突き止めたかは知らぬ。だが、その目的だけは理解出来た。再三誘われていた叛乱に加われというのだろう。
どうせこの身ひとつである。技術部に戻れたとしても、以前のようにいかないであろう事は痛感していた。職務に忠実であるあまり、カーツは殆ど自分の味方を作ってはこなかった、それこそ第三開発部の連中くらいだろうが、まさか彼らがそこまで自分のために動くだろうか。どちらであるとも言えなかた。それん、仮に彼らが味方につこうと、立場が良好になるとも思えない。リジャールにとって目障りであるからこのような立場に貶められたのだ、とてもではないが戻る気にはなれなかった。かといって、このフェンデルに民間の開発業者などは存在していない。成る程娑婆に出たとしても、自分は居場所がないのだ。その事に気付き、カーツはとたんに虜囚の己の身がひどく滑稽に思えてきた。
「くく、そうか……ははは、成る程な、この俺にはそこにも行き場などはない、成る程……くくっ」
突然喉の奥で笑い出したカーツに、マリクは些か面食らった風を見せるが、すぐさまニタリと笑う。まったく、人の悪い笑みだ。友人の板に付いた悪党面を眺め、カーツは頷いて見せた。
どうせ行き場もない。ならば、この男に付いてゆくのも、悪くは在るまい。どちらに転んだ所で、どの道二度とあのように煇術銃を玩ぶことなどは出来ないのだ。
作品名:夢轍 [2] 変革、廻り出す音、雨と奈落4 作家名:ひの