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夢轍 [3]夢と幻と過去と今、開かれたもの1

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マリクの口車に乗せられた、と言う気はない。
 自分自身で訣別したのだ。あぁ、愛想が尽きたのだ。こつこつと真摯に重ねた十年の歳月を、いとも簡単にひっくり返され無駄だと言われ、どころか貶められたのだ。だから、こちらから捨ててやった、という気にすることにした。そう考えなければまた絶望しそうになる。再び、もやもやとはっきりせぬ思考に簡単に囚われてしまうからだ。だからそれを怒りという感情に、変えることにした。自分自身への、どうにも抱えきれないような怒りだ。
 なれば、友人の企みなどは随分と可愛らしいものだと思う。以前ならば絶対にそのようには考えなかったであろう。己の心境の変化というものが実におかしく、だが同時に人間はそのようなものであるという実感をカーツは覚えた。すっかりと諦観に取り付かれていた男が、環境が変わればそれに適応する。そのような強かさも自分の中にはあったのだ。それを気付かせてくれたのは、他ならぬマリクだ。

 あの熱気と冷気が不快な調和を作り出す牢獄から真闇に近い長いトンネルを友人の背と僅かばかりの気配を頼りに抜ければ、そこは禁止区域の只中だった。禁止区域とは、流氷大地と永久凍土からなる非居住区域を示す。そのただならぬ寒さもあるが、棲息する魔物の危険性が他の地区よりも段違いだった。常に吹雪が耐えることはなく、一分一秒たりとも長いしたくはない場所だ。人を寄せ付けぬ頑なな自然の猛威が、そのままの姿で其処に在るような場所なのだ。マリクが煇術の中でも火のそれが得意であり、応用にも優れていなければ脱獄早々カーツは凍死する破目に陥ったであろう。
 友人が作り出した火の原素を定着安定化させた石による簡易カイロ――実戦部隊が雪上行軍の際に用いるものを携えると、成る程そこからほのかな熱が身体を巡り、外気の寒さを和らげてくれる。禁止区域に程近い工場区で作業をする際に持たされるものと同じ作用があるものだと、改めてカーツは気付いた。そして、そのような簡単な、実戦部隊では当たり前のようなことを、自分は全く知らないのだということも思い知らされた。

 とそのように、不自然な程に首尾よくマリクがカーツを連れ出し追っ手がかかるまで些かの時間を要したのは、実は全て最初からマリクが仕組んだことだと告げられたのは、漸く辿り着いた工場区画の入り組んだ路地の先、薄暗いランタンが殺風景な屋内をぼんやりと照らし出す建物の中へと入って人心地付いた後のことだった。
 マリクは謝る素振なども全く見せず、堂々とカーツを見上げ、見下ろした後に笑顔で告げてきた。悪びれる風でもない、お前のためだというような押し付けがましさも一切無く、オレが仕組んだことだとだけ、友人は言う。
 そしてやおら影から包みを取り出して来た。カーツにも見覚えがある。否、見覚えが在るなどという話ではなかった。自分が寝る間も惜しんで原素調節と開発をしたものを、どうして忘れられようか。そこにあるものは、間違いなくカーツ・ベッセルという男の手を経て世の中に生み出されたものだ。
「成る程、お前の言葉通り武器は嘘をつかんな」
 まるで少年のようにマリクは破顔する。一瞬、カーツは思考が停止した。自分があのような立場に貶められた、その、根本的なものは一体何だったのか、そしてその原因の一つが、友人の手中にあり、では、自分を貶めることにこの男が一役買っていたということか。
一瞬、腸の奥から燃えるような感情が爆発しせり上がってくるものの、道すがらマリクが脇でやたらと言葉を重ねていたことも手伝い、喉元を通り過ぎる辺りで徐々に消失していた。
 成る程、この新型が上層部に届いていなかった直接の原因は友人にある。だが、カーツが虜囚の身に落ちる破目になったには、リジャールという男のカーツに対する心象が大きく作用しているのだろう。新型が仮に彼の手元へと渡ったとして、彼は素直に総統にこれを差し出したとは思えない。もし素直に渡すつもりならば、わざわざ盗むような真似をすまい。盗んだ目的はわからぬが、少なくともカーツにとっては好材料でないことには変わらない。
 そうなると、マリクがしたことは、結果的に何かを動かすようなものではない――ただ一人、新型の開発に携わり全責任を追う、カーツ・ベッセルという若き将校を除いては。
「悪党だな、お前も」
「おい、冗談は止せ。オレは悪党じゃあない。オレが悪党というならば、この国の上層部は漏れなく極悪人だ」
 これである。心外といわんばかりに不機嫌になる友人は、全て含んでこのようなことをしたのだろう。表情とは裏腹の軽い口調の裏に潜む、真摯な思い。それは、カーツが久しく目の当たりにせぬもので、ひどく鮮明で、そして熱いものがある。そういうものに中てられている、という自覚はありながら、それも悪くないと感じている実感も確かなものであった。以前ならば、全身をくまなく覆う諦観に覆われて感じることすらなかったであろう感覚だ。
 あぁ、恐らく、革命という息吹はこのような鮮明で無垢なる希望を抱く悪党の中に、まず芽生えるものなのだ。


 とはいえ、やはり機が熟しているとは思えなかった。その点に関しては、どうしても確信を抱けない。
かつてカーツが再三マリクの誘いを断った理由の一つが、それである。改革を望むのは一体誰なのか、その主役不在ではまず始まらない。帝都市民に不満の声が溢れているのか。そう今度は具体的に問えば、ならばとマリクは変わらぬ態度でカーツを帝都へ連れ出した。
そこかしこに警備兵が配置されている、脱獄犯を捕えるべく警戒の目を光らせている最中を、である。逆に堂々としていればバレることもあるまい。マリクはそう軽く言ってのけたが、せめてこの特徴的な前髪をどうにかしなければならなかった。そういうわけで、急ごしらえの労働者がこうして出来上がったわけである。
 長く無造作にたらしていた前髪を整髪用の油で軽く整え上げ、労働に疲れた風を装えば、そこにいる男がかつて技術部でも特に仕事に忠実であるカーツ・ベッセル少尉だとは気付くまい。マリクは追っ手を悉く撒いたらしく、カーツと共に逃げ込んだ建物が軍部にマークされた形跡も一切なかった。それにしても、叛乱や脱走などに対しては特に手厳しい軍部にしてはあまりにも温い。
 疑問がそのまま顔に出ていたのか、マリクは「内通者も何人かいるからな。でなければ行動など起こせん。お前が考えているよりも、不満や鬱屈は浸透しているのさ」軍部にも、市民にもな。言うマリクの表情は、らしからぬ真剣味を帯びたものであった。
「とはいえ、行動に至るには未だ不十分だった。以前ならばな」
「今はあると言うのか」
 どこか剣呑な言い方になったが、マリクはしっかりと頷く。「こっちだ」一言言うと、くるりと背を向けた。元より彼の後を付いてゆくしかないカーツは、無言で従った。