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夢轍 [3]夢と幻と過去と今、開かれたもの1

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 帝都のほぼ中央――工場区、政府塔区、居住区それぞれに続く石畳が交わる中央広場、広場に面した一区画を堂々と占拠している老舗の旅籠は軍部も良く利用するのだが、その裏側から地下へと降りる隠し通路があることを、カーツは初めて知った。背後の建物とのほんの僅かな隙間、人ひとり通れるかどうかというような細い路地の暗がりの奥の何の目印もない場所をマリクが曲がり、続けてそこに立ってみれば成る程石造りの壁際に沿うように在る水道管や暖房のエンジン部の影に隠れて闇の底へ続くような階段があった。
地下に降りてゆくにつれ、篭ったような空気になる。地上の音がすっかりと消失するほど地下に降りて、漸く鉄製の錆びた扉とほのかな灯が見えたときは、まるで地獄へ下る亡者の道のような無気味さにウンザリしていたカーツは心底ほっとしていた。
 マリクの背後に続き、薄暗い屋内へと一歩足を踏み入れるや否や、新たなる来訪者に不躾な視線が一斉に注がれた。
「おい、あれ、ベッセル少尉じゃないか」
「ああ!そうだ…煇術開発部の、ベッセル少尉だ」
「なんと、……あの方が……」
 次々に名を呼ばれ、自分ではそれなりだと自負もあった変装を悉く見破られ、一体何事なのかとカーツは唖然となった。
 ぐるりと薄暗い屋内を見渡せば、軍の制服が八割というところだろうが、二割は労働者のようである。殆どが二十代の若者のように見えた。カーツが知った顔も幾つか見受けられたが、殆どは知らない顔だ。にも関わらず、何故見知らぬ人間に次々と名を呼ばれているのだろう。何より、ここにいる彼らの目の、その生き生きとした有様はどうだ。はるか頭上では、重苦しい空気と灰色の煙に、石畳に視線を落とすしか術のない人々が行きかっているとは、とても思えない。否、同じフェンデルという国、ザヴェートという灰色に支配された場所に住む人間の眼差しとは、思えないのだ。 「ああ、オレ達のことは気にするな。何時ものようにやってくれればいい。とりあえずは、今日はコイツはオレの客人だ」
 マリクの言葉に、騒然とした空気は些か引いたように思えた。だが、先導するマリクについて行くカーツに向けられる視線は、悉く期待に満ちた、輝いたものである。これは、一体どういうことだ。
 薄暗い中更に薄暗い、丁度屋内の灯が届きづらい場所にマリクは座り、カーツにも促した。どこからかひっぱってきたのか、半ばガラクタのようなソファに座り改めて屋内を見渡せば、飲み物を用意するようなカウンターや様々な酒瓶の類、グラスというものが整然と並ぶ一角が在り、成る程いわゆる裏社会であるとか犯罪者に片足を突っ込んだような連中が屯するような場所だったのだろうという判断も出来る。事実、カウンターの奥にいる中年男の眼光は只者の風情ではなく、カーツを見る眼差しもまた、この場に相応しい人間か否かを見定めるといった類のものであった。そしてどうやらカーツはその試験に見事パスしたようで、男は何事も無かったかのように酒瓶の棚に向かい仕事をしている。
「どういうことか、話を聞かせるつもりなのだろう」
 切り出した声には棘も大分含ませたつもりではあったが、マリクは笑みが張り付いた顔のまま、頷くだけだ。憮然とカーツが眉を顰め睨みつけても何処吹く風と言ったようにカウンターの中年男に飲み物の注文などをしている。理由や状況を説明する義務がこの男には存在しており、そのことをカーツが再三確認しても、尚だ。流石にカーツも怒りにも似た思いから、わざとらしい溜息を吐いてみせる。結局、これだ。投獄されてからこちら、一つもカーツの理解できるところで物事が動いてはいない。何かの歯車に巻き込まれ、自分はただその中でもがくことすら出来ずに流されてゆくことしか出来ない。そういう境遇に、逆らおうなどとも思わなかった。
 幼い頃には研ぎ澄まされていた牙は、外の世界を望んでいた少年の感覚は、いつの間にかすっかりと鈍ってしまっていたのだ。今更、そんなことに気付く。見たくないものを視界から外し、意識しない――いつの間にか、自分は、そんな小さな人間に成り下がっていたのか。かつて本や旅人の話に想像と期待を膨らませ、世界の様に希望を託した少年は、すっかり縮こまっている。本当に今更のように、カーツは気付いたのだ。
 すると、どうだろう。もやもやとしていた思考が、急速に開けてゆくような錯覚に陥る。白昼夢を見ているような、不思議な感覚だ。
 灰色の世界、そこをゆっくりと、ただ歩くだけの自分。時折立ち止まり何かを考えるも、その目線は常に下方に向けられ、何かを呟きながら、前も左右も、背後も見ようとはしない。歩いている箇所には道のようなものがあり、それは徐々に先細りしているというのに歩みをやめることはない。世界はどこまでも灰色だった。そして、息苦しいように感じる。妙に寒々しいのに、背中には汗をかいていた。先細りする道はどんどんと細くなり、ある一点で消失していた。が、歩みは止まらない。その先が消失しているということに気付きもせず歩く自分を、カーツはどこからか見ている。とまれ、と叫んだが、声にならない。やがて、カーツが見ている中でカーツの姿をした男は、消失した。
 そこで我に返り、何かに弾かれたようにカーツは立ち上がる。
 まずは自分自身の身体がそこにあるのかを両手で確かめた。
そして、次に薄暗い辺りを見回す。皆、顔を上げていた。唾を飛ばし互いに口論しているテーブルもある。双方、若い将校のようだ。制服を見る限りにおいては政府塔内勤のようだ――ならば、議論の白熱も納得である。政に近い場所にいればいるほどに、この国の歪さを痛感しているのだろうか、彼らの話題とはもっぱら改革そのものの更にその先を行っていた。絵に描いた餅ではあるが、そういう先走る思想というものも、確かにこの場所には存在している。思想を抑圧され、諦観の念に支配されてきた己の十年と彼らの十年は恐ろしく隔たっており、まるで別世界のように思えた。別のテーブルでは、労働者風の男らが麦の値段の高騰を皮切りに工場長や軍部への不満を堂々と漏らし、それを実戦部隊将校の若者がしたり顔で頷いている光景が繰り広げられていた。そりゃあ原素も煇石も大事だ、だが、そもそもおまんまにありつけなくて、どうやって生きていけって言う。オレらが死んだら外国奴隷でもさらってきて、そいつらで帝国の威光とかを保てるんならそれでも構わんがね、連中に蒸気機関の組み立てなんて出来るもんか。ああ、実に君の言う通りだ、総統閣下は足元を全く見ようともせず、侵略、侵略と口を開けばそればかり。我々としてもウンザリなのだ。