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夢轍 [3]夢と幻と過去と今、開かれたもの3

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「金髪女だけは駄目だ」それは、半ばマリクのモットーのようなものであった。このフェンデルという土地にそもそも金髪の人間すらそう多くはないのだが、それ以前に自分自身が金髪であることを棚に上げて、彼好みである甘ったるい酒をグラスごと煽った。
 いよいよもって反政府組織の拠点の一つとなった地下酒倉庫には、今日も多くの同志が集っていた。活動が広がりつつあるのか、はたまた数年来の寒波で行き場を失った人間が増えただけなのかはわからないが、ここを「合言葉」と共に訪れる人間が増えつつあるのは事実だった。重たい腰を上げて半年。帝国を取り巻く状況は変わらず、季節ごとに変動する鉄鋼の値に技術者は悲鳴を上げていた。その上にザヴェート山から吹き降ろす冷たい風が、なけなしの麦畑をすっかりと枯らしてしまったのだ。
 だのに、上層部は生産性を高めろとだけ言う。麦を狩れという。最近は軍部のみでなく、市民が改革派を自称することも多くなった。やはり、麦や煇石の圧倒的な供給不足は、市民の懐を直撃し帝国と総統閣下へと忠節を誓う気持ちを根こそぎ奪うものらしい。
 当局に不満を持ち、約束されたある程度の保障などよりは意義や英名を望み拠点を訪れる中には、女性士官の姿も見受けられた。マリクの台詞はそういった彼女らの意気込みの高さと志の尊さ、その決断を賞賛する一方で、酷く身勝手な男としての一面が覗いている。
 女に関して、彼はとかく手が早い。「人誑し」に老若男女の区別なく、それこそ絶対平等精神と甘い面と心地よい響きの声色でもって、あっという間に他人の心を掴んでしまうのだ。が、それで後々に続くトラブルというのはなかなか起こさないのも、やはり「人誑し」たる所以か。最もそれは彼が決して異性に対し本気にならないからであり、恋と言いながら真実恋というものを避けているからである。そこがカーツにしてみればこの男の愛嬌というものに見えるが、女にはどうか。苛立ちの対象でしかないだろう。自分は女ではないから分からぬが、もし自分が好いた相手がこんな人間だったら、愛情が憎しみに変化するのは早いかもしれない――あくまでも、頭の中だけで想像してもそんな結果が導き出される。カーツが知るかぎりにおいては、本人がそれを理解しているかどうかは兎も角マリクの引き際というものはなかなか見事なのだ。
 苛立ちでもなく諦めでもない、『この男はこうだ』といた現状認識という感覚しか覚えないのは、マリクという男に関わってからそれこそこんな会話が数え切れないからであった。そして例のごとく、友人の話は杯が進むたびに本来の目的であった次の集会についての仔細のとりまとめという話題から逸れ出して、上層部富裕層が如何に傲岸であるか、貧困層を石くれのごとく扱う工場労働の過酷さを語り、侵略せねば食ってゆけぬという祖国の現状を憂い声を滲ませながら、女の話になる。カーツが想定している、そろそろ時期であろうという襲撃計画の話を振る機を見いだせそうもない。ともかく、こうなったらば好きなように喋らせるしかあるまい。カーツは小さく笑い、友人をちらりと一瞥する。その行動に一体何を感じ取ったのか、やおらマリクは声の調子に勢いを乗せだした。
 金髪女といやウィンドルだ。あの国は豊かで恵まれている、貧困層なんてものは存在しない。だから、見ている世界が違う。霞を食うようなものだ。それに比べたら浅黒いストラタ女の気の強さや、フェンデル女の堅さに手ごたえを感じるのが男ってもんだろう。したり顔で呟くのだが、実はこの男は恋というものにはひどく奥手であることを知るカーツは、笑いをかみ殺すのに必死だった。
「お前の「信条」に口出しする気は俺にはないがな」
 何時もの場所――ここではカウンター脇、奥まった場所にある手狭なくたびれたテーブルが二人の定位置だ。バーのマスターも心得たもので、二人が席につけばさっと「いつもの」カクテルと冷えた麦酒を運んでくる。
 カーツは、既に三杯目になる麦酒を煽るように飲んでから、くいっと親指で背後を指し示して見せた。マリクは示された先に視線を向けた。
「悪くないだろう」
 やはり笑いをかみ殺した声になる。が、マリクは応じない。応じる気配もなく、じっと女に魅入っていた。おや、これはもしかすると本当にこの男のお眼鏡に適ったのか?意外なようで、だがどこか腑に落ちる。ああいう女なのだ、俺が違和感を感じた女なのだから、この男が反応しないわけがない。カーツの視線が件の女ではなく自分に向けられていることに気付いたマリクは、一瞬悪戯がばれた子供の顔をしてから、わざとらしい咳払いなどをする。
「ほう、なかなか見ないような上品な金髪女じゃないか」
 マリクの言葉に、カーツは小さく笑った。まったく、この男はどこまでも食えないやつだ。腕組みをして値踏みするように彼女を見上げ、見下ろして言うその様、場面だけを見れば、実に恋に手練な伊達男の風情である。
「実際にそうかもしれん、が、そうじゃないかもしれん」
「どうでもいいことだ、この場所でそういった詮議はな」
「違いない」
「お前の好みというわけか」
 マリクの唐突な、あまりにも華麗なる反撃に、カーツはマスター特製の酒気ばかり強くわずかに果実の香りがするカクテルをなんとか口に含みながら長い前髪の下から目を見開き、舌先で味わってから呆れたように声を上げた。
「何を言う。もっぱら、噂なんだよ、若い連中のな」
 言うカーツもマリクも世間からすれば「若い」。だが、同志は殆どが若者ばかりである。不満と言うものを原動力に行動するのは、今も昔も決まって若者たちなのだ。多くは未だ実戦配備すらなってはいない士官候補生だったりもする。そういう組織的弱さは否めないものの、だが、政府塔内部にも多く賛同者がいることをマリクは知っていた。表立っては行動できないものの理由も、承知している。そういうこともある。それでも、変革を望む心というものは何よりも心強いのだ。そういう小さな芽から、拾っていかねばならないのだ。
 口の中に甘い香りが広がり、ふわりと鼻先に抜けるようだ。その甘さが、金髪女ロベリアの香水に重なり、鈴が転がる音になり、きらめく金糸が空中に揺れて、消えた。
「上品な金髪女。あれだけツンとしていると、刺激されるのか。成る程な、分からなくはない」
「さてね。少なくとも俺は、こいつで十分さ」
 言い、ジョッキにもう三分の一ほども無いそれを傾け、カーツは笑って見せた。マリクは尚も何かを言いたげにしていたが、やがて含み笑いをして、肩をすくめる。
「俺にしてみれば、そいつもどうかしてる」
 マリクの手中にあるカクテルグラスには、鮮やかな色の液体が甘い匂いをかもし出している。フェンデル男らしくない好みはお互い様か。手持ち無沙汰になった口元が寂しくなり、カーツは懐から煙草を取り出した。ストラタがその生産技術を独占している嗜好品は、ものによっては銃剣を買うことが出来るような値になるが、この地下倉庫を提供してくれた旅籠の主に頼めば、驚くほど安価で手に入る。その事について懸念がないわけではなかったが、資金を提供してくれている以上余計な詮索を出来ぬという現実があった。