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夢轍 [3]夢と幻と過去と今、開かれたもの3

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 そうこうしている内に、顔を叩きつける今までとは違う風にマリクがそちらを伺えば、サヴェート港に程近くある大きな石造りの建物の前に辿り着いていた。見ればロベリアは既に建物の前に立っている。実際に歩く速度も小柄なくせに大分速いのだ。遅れたことを詫びるように、マリクは急ぎ足になった。


 やはり、ラティス商会は軍事政策を強硬に推し進める現政権に対し好印象を抱いてはいなかった。武器なども扱うとはいえ、現オイゲン総統に政権が移ってから徹底的に冷遇されていたのだから無理もない。商会の内部からは既に過激な意見も出てきていると言う。見れば、そこに集った面子に見覚えもある。ほら、だから見ろ。同席していない友人に、マリクは心の中で踏ん反り返るような気分になっていた。元々、断るとか断らぬとかいう次元の話ではないのだ。改革運動はいよいよ波に乗っている。その波に乗ることが出来なければ、改革の志も軸も徐々に自分達の手を離れてゆくだろう。土台この国には不満も変革を望む心も存在していて、自分達はその流れに乗ったのだと言う自覚も、マリクという男の中にはあった。こうしたものは、誰かが一人で何もないところから始めるわけではなく、また一人の人間から始まるものでもない。自分が始めたというのは、偶然であるし最終的には自分のものではなくなるだろう。むしろ、そうでなければならないという思いもある。
 が、その事だけはカーツに告げてはいない。誰にも、言ったことはない。なれば、マリク・シザースは改革派の第一人者であり、軍部で叛旗を翻した第一の人間であるからだ。が、それもそのうち変わるだろうと思う。国の多くが改革派ということになれば、中には人物もいよう。
 そんな人任せなことでは、牽引する本人がそんなでどうする、そういう事を律儀で頑固な友人は言うに決まっている。或いは、そういうカーツがいるからこそ、自分はこうも腹を据えることが出来るのかもしれない。
「マリク。あなた、ラティス商会の魂胆を知っていたのね?」
 相変わらず不機嫌そうだが、それは最初から全てを話さなかったことへの批難が混じっている。考え事に囚われていたマリクは、ロベリアのやはり不機嫌そうな顔に苦笑した。そういえば、ロベリアに対しては殆ど状況を説明していない。それでも自ら行くのだと言い出したのは、商会に対する不信からだ。自らの目で確かめねば、誰よりも納得しない。そういう彼女を面倒くさそうに連れてゆけと言い放った時のカーツの表情だとか、仕方ないと承諾したマリクに対する彼女の子供のような笑顔もついでに思い出した。
「魂胆というか、まあ、だいたいオレが想像していた通りだったというだけだ」
「本当に!あなたといいカーツといい、自分達だけがわかった、という顔ばかりじゃない。そりゃあ、あなた達は……」
 そこで子犬が喚くようにまくし立てるのかと思いきや、ロベリアは口をつぐみ表情を曇らせてゆく。マリクが目配せをしたとろで、気付かぬようだ。
「ロベリア?」
「あ、いえ、……なんでもないわ。早く、戻りましょう」
 彼女らしくはない、歯切れの悪い態度も気になるが、ロベリアはそれで話を終わらせたつもりらしい。そそくさと来た時と同じように先立って歩き出す。だが、その歩調はやはりどこか重たいように、マリクには見えた。
 暫く無言で歩いただろうか。曲がり辻に来たところで、ロベリアの足がぱたりと止まる。マリクも合わせて止まり、なんとなく距離を保った。
「マリク。ラティス商会というところは、…ストラタと通じているでしょう」
「何を、突然」
「荷を、見たの。あれは、ストラタのものだったわ。そうしたものを、堂々と置いておくということ……」
「何だ、そんな事を懸念していたのか?カーツにオレが言った言葉を君も聞いていただろう。それでも構わんのだ、オレはな」
「え?」
 口に出してから、これは失言だったとマリクは後悔した。けれども、遅かった。ロベリアは決して鈍くはない。どころか聡明な女性で、キツい言葉に隠れがちだが気遣いに優れているところもある。
「構わない、さっきもそんな事を言ったわね。それはどういうことなの?マリク、あなた」
 言葉の背後に潜む気配がどこか不穏になる――いや、不安、だろうか。なんとなくそう感じるのは、司令部への道のりが長く、そして晩秋の空気が冷たいからだろうか。
 責めているわけでもなく、問いただす風でもない。その双眸ときたら、まるで子供が父親に向ける視線そのものだ、と感じた。マリクには兄弟もいなければ娘などいるわけがない、なのにそう感じた。
「あなた、まさか、…この」
「ロベリア、君は何か思い違いをしている。オレはただ、この国が変革するならばどのような手段でも構わんと、そう思っているだけだ」
「それが、例えば他国の介入を許したものだとしても?」
「ああ。それでこの国が良い方向に変わるというのなら、ストラタだろうがウィンドルだろうが大歓迎さ」
「危険よ、そんな考え方」
「それは利用されるという危惧を抱く臆病者の考え方だ。いいか、ロベリア、利用されると思うのなら、利用してやればいい。違うか?」
 ロベリアが驚愕の表情と共にマリクの言葉にすっかりとのめりこんでいる。が、マリク当人は何故そのようなことを口走っているのか、理解してはいなかった。別段己の想いを正当化したいわけではなかった。自分でなくとも良い、誰でもよいと思っているのが本音だ。なのに、何故オレはこんなことを言っている?
 思惑とは裏腹に、人の気配もまばらな路地裏で、マリクの言葉はいっそう熱を帯びるばかりだ。
「相手は総統だ。帝国だ。国、というものの姿勢だ。そういうものを、変えようとするんだ。多少の無茶が必要なのは、当然だろう」
 まったく、夢の中で演説をしているような気分だ。あぁ、酒場で酒の勢いで、こんなことをぶちまけていたかもしれない。が、今は演壇があるわけでなし、周囲の喝采も、まして酒も、熱気も何もない。なのに、何故こうもオレの言葉は熱っぽく奔るんだ。
 ロベリアの双眸に揺れる不安げな影は、いささかは和らいだろうか。それでも、男を見る女の眼差しはやはり懸念を露にしている。
「第一、資金がなければオレたちは何の行動も起こせん。そういう足元の事情もあるな」
 一転して、軽い風を装う。こういう余裕が自分の中にまだ残っていることに、マリクは感謝した。ロベリアも漸く表情から堅いものを落とす。カーツがこの場にいなくてよかった。理由なく、マリクはそう思った。