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夢轍 [3]夢と幻と過去と今、開かれたもの4

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政府党内部の部屋に何食わぬ顔で戻る。戻るのは久しぶりだったが、怪しむものは特にいない。何故ならばロベリアは確かに技術部に籍を置いてはいるものの、上層部がロベリアの素性を知っているお陰で、たいした仕事が出来ないからなのだ。ならば、大煇石関連の開発部などに所属させるなと言いたいのだが、どうもロベリアの素性を上が知ったのは、ロベリアが見事にかの栄えある第一開発部への所属が決定してから、大分経ってからのようだった。
 そういったまるで厄介者のようなロベリアであるから当然居場所などはなきに等しかった。それで、才があるのだから余計に面倒だったのかもしれない。周囲はロベリアを腫れ物のように扱うし、娘御の気難しさも士官学校の同期から知れ渡れば尚の事。自ずとロベリアも現場から離れ、そんな仕事と周囲への不正な行為もまたロベリアが総統の娘であるから咎められることはない。そのように重ねられた誤魔化しの末が、改革運動などというのだから、自分でもなんとも矛盾した行動だと思う。己は決して飢えて死ぬことはない。そういう立場から、この国の在り方を批判するなど、どれだけ傲慢なのだと、自嘲の想いもある。
 が、そうした矛盾も結局は父の存在が全ての理由であるような気がしていた。
 それは決定的な憎悪に近くなり、父の成すこと全てが憎いという感情を通してしか見ることが出来なくなっていた。怒りとか、恨みとか、そういうものを拠り所に改革運動などに身を投じる愚かさをマリーナは必死に説くのだが、聞かぬ振りをしていた。
 そもそも、実のない仕事に日々を費やすよりも、改革派を名乗りそうした志を持つ人間と語らい行動する方が、余程生きているという実感が抱ける。すると不思議なもので、ロベリアが昔から懸念していたものを、多くの人間が抱いていたのだということを知るに至り、ロベリア自身がそのような強い信念の下にさながら変革を強く望む憂国の士の一員のように思えてくる。心の中に抱く炎も、不正と歪さを憎む気持ちを燃料としているのだと思えてくる。特に、同志マリク・シザースの言葉はその炎をひときわ大きく燃やしてくれた。ロベリアの中に在る中将的な想いを、具体的にしてくれた。人に頼るということがひどく弱弱しい行為に思えて、避けて通ってきたロベリアだったが、あの男の言葉の力は信じても良い、と思えていた。
 父の忌々しい背中を追いかけている、とは思いたくはない。マリクは冷酷なあの父親とは違う。改革の情熱を誰よりも秘める真摯な男だ。
 そう、だから、不安なのだ。忌々しい、と唾棄も出来ない。そういう、昔の――父を呼び止めて、けれども振り返らなかった父の背中に覚えた怒りの底にあった感覚が、今になって現れているような気がしていた。
 何故、あんなふうに簡単に割り切ってしまうのだろう。
 自分自身に変革を強く求める具体的なものがないからこそ、ロベリアは改革運動という不特定多数からなる同じ目的を有する集団に身を投じることでどこかで安堵していた。自分の居るべき場所はここなのだと感じる。理想を描くのは簡単だった、それはロベリアが昔から疑問に感じたことを口にしているだけだからだ。どうしてこの国には富める者と貧しい者がいて、一部の富める者は貧しい者から奪う権利を有しているのか。弱肉強食、という幼い頃絵本から知った直接的な言葉を、そこに当てはめたくはなかった。何故か、もわからない。その、漠然とした正義感のようなものは、マリクの言葉を経て大分具現化したように思える。士官学校時代に得た知識で己の感覚を取り繕うことを既に覚えていたロベリアにも、あの男の言葉は鮮明だった。自分自身が昔から抱く感覚を、そっくりとえぐられて奪われ、丁寧に扱われた上で帰ってきたように思えた。
 だから、何故、と思う。異国の海賊船らと通じるような連中と取引をして、それでよいのだと言う。確かに、ここまで大きくなった改革運動は綺麗ごとだけでは済まされない部分はあるのだろう。だが、よりによって何故なのだ。
 決定を、覆すような真似は出来ない。ロベリアもまた、資金という面での懸念は常に抱いていたからだ。そして、だからこそ政府塔に暫くぶりで戻ってきた。幼い頃は、相手をしてくれぬ父に腹を立てて政府党内部を歩き回ったのだ。楽しみというものが他に見出せなかったかつての少女にしてみれば、入ってはならぬと咎める警備兵の目を盗む手段も、彼らが手を抜く時間帯も良く記憶していて当然だった。
 ロベリアは鬱屈とした思考を振り払うように、目を閉じる。軍部主要の食糧倉庫、武器弾薬庫――後者は兎も角前者はロベリア相手ならば油断し漏らす人間も、何人かいる。そういう場所に行く時だけは、ロベリアは総統の一人娘、我が侭なロベリアになる。そうした行為に罪悪感を感じつつも、必要悪だと言い聞かせるように、ロベリアは足を速めた。
 せめてあんな、海賊と殆ど同義の商社とか言うところから資金援助を受けるにしても、最低限にしたい。そのためには、自分達で物資を調達出来るようにすればよい。

 感情がもつれた末の結論に邁進するロベリアは、そこに潜むリスクや自分が政府党内でどのように見られているかなど、気付く余裕はなかった。


 麦の高騰が限界だった。
 フェンデル帝国で主食といえば殆どがベラニック以南の土地で生産されるライ麦であったが、ウィンドル王国騎士団によるベラニック占領などの影響から他国より奪うしかなくなっていた。ベラニック奪還がなったとて、麦が増産されるわけでもない。将来性の無い土壌で細々と栽培を続けるくらいなら奪う方が早いのだ。だから、時折軍が国境地帯を突破しては麦をこちら側に運ばねばならない。ストラタ船籍の商船を拿捕し、奪わねばならない。
 商人らが運ぶものは当然ないわけではない。フェンデルに運べば同じ量の麦でも大幅に高く買い取ってくれるということを、当然商人達は知っている。政府が発行した証明書を持つ商人らのみ国境を越えることが出来るのだが、ベラニック奪還以降も依然として治安の安定しないフェンデルを訪れるほど腹を括る商人が減じているというのもあった。それでも軍部であればまだパンにありつけた。とうに軍から除籍されているカーツは兎も角として、未だ在籍している連中などはそういった食料をひそかに持ち込んでいたりもする。
「これじゃあ工場勤めをしていたところで、一日分のパンだって買えないわ。一体政府はどういうつもりなの!」
 声を張り上げるロベリアを制したところで、現状は何も変わらず打開策が見つかるわけでもない。この地下酒場といえば異様な熱気に溢れるのが常であるが、今日は更にその熱は加速していた。ロベリアの言葉の通り、小麦・ライ麦の値がべらぼうに高騰した結果、毎度のパンすらろくろく焼けない。だけではない。煇石の値など、それこそ麦と比べ物にならぬほどで、パンを焼くための火ですら起こせない家も少なくは無い。