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夢轍 [3]夢と幻と過去と今、開かれたもの4

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 そうなると、カーツらの活動とは無関係の民間人による暴動などがあちこちで起こるようになっていた。どちらかといえばそういったものを止める仕事が近頃は増えている――それは同じ志を持つものを、一人でも犠牲にしたくはないというマリクの言葉に従ってのものだが、日々の生活を圧迫された市民らに冷静な言葉などは届きはしなかった。軍服を認めた瞬間に石を投げつけられた同志も少なくは無い。そうなると、風貌的に目立つカーツとマリクが出てゆくしかないのだ。
 原素焼けした前髪を垂らしたカーツと、上背が目立ち声を張り上げればたとえ戦闘中であろうと戦場に響き渡るという声量のマリク、二人はいつしか同志達の間で象徴的存在となっていた。今日もそんな暴動を治安維持警察が出てくる前になんとか鎮圧したは良いのだが、現実麦の値段を考えれば、じりじりとした焦りのようなものがカーツの中には芽生え始めていた。今年は夏の終わりが早かった。その上でひどい冷夏で、小麦の収穫量は恐らくここ数年で最悪だろう。ウィンドルから奪ったものでなんとか凌いでいるこの状況では、冬には恐らく恐ろしい値がつくだろう。政府側が商人らとつるみ流通をコントロールしている以上、その事態は避けられない。上層部は民間に小麦を流す気はまったくないのだ。小麦の流通を一手に担う唯一の商会は、政府と通じている。先のラティス商会とは真逆の立場だが、本来はそうせねばこの国で商売などは出来ない仕組みなのだ。
 武力に訴えるのは、最終手段にしたかった。が、そういう事を言う余裕は、この国の現状を考えればどこにもなかったのだ。すると武装蜂起という手段に今の今まで訴えずに来ることが可能だったのは、やはり将校出身の者が多いからに他ならない。彼らは、フェンデル軍の精強さを知っている。ひとたび刃を向ければ、敵と見なされたならば最後容赦なく掃討されることを知っているからだ。ゆえにその行動は慎重さが常に伴った。
 だから、武装蜂起は最後の手段だ。マリクは常にそう言い、カーツも重ねて繰り返した。同志は皆、理解していた。が、そうではない民間人は、現実生活苦に喘ぐ市民はそうはいかない。反政府組織にも大分市民が増え、そういう彼らは将校らから銃剣を無断で借り出してテロ行為に走るということもたびたび起きていたりする。理想と信念で彼らを抑えているのは、そろそろ限界だった。
 組織としては、まだまだ体を成す状態ではない。が、反政府活動という名目に惹かれ集う輩が、思いの外多かった。というよりも、多すぎた。一体どこにその不満をひた隠しにしていたのか、と言うほどに多かった。
 彼らに理想を説いている暇はなく、彼らが欲しているのは明日のパンだ。そのパンを買うための金銭だ。全て、それは政府党内に備蓄されている。そういう事を彼らに教えてしまったのは、自分達だ。
「備蓄している食糧を出すよう、働きかけることは出来ないのか?」
「難しいな。そもそもそれが可能ならばとっくにそうしている、俺たちが行動を起こす前にな」
「それは確かにそうだが」
 政府との交渉は既に何度かやっていた。何れの場合も物価の不当な高さを訴えることから始まるのだが、始めは交渉の席を設ける振りをした治安維持警察の連中の罠にまんまと嵌り、二度目は銃声でもって応えて来た。
 犠牲者は幸い出ていないが、繰り返されたデモにより既に逮捕者が続出していた。帝都内には厳戒体制が布かれ、民間人は所定の時間以外は外出を禁じられ、入国審査なども手間を二倍も三倍もかけるようになっていた――何れも、帝都内の地理に詳しい同志の情報だ。幸い、地下水道に関してはそこまでの人員配置の余力がないのか手薄であり、カーツらは主にそちらを移動手段として帝都内を行き来していた。
「やはり、やるしかないのか」
 重たい溜息がマリクの口から漏れる。辺りに漂う熱気ですら、沈静してしまうような重たさだ。
 事を起こす。つまり、政府と全面的に対決の姿勢を見せる、ということだ。そうなれば、恐らくは犠牲者も出る。だが、政府側の態度は一貫して「フェンデル帝国の発展繁栄の為の最善の手段を総統閣下は示されている、我ら帝国市民はそれに従うのが務めである」という答弁にもならぬ回答を一枚の紙切れで寄越すだけだ。
 だから、民間の暴動が起きたりする。彼らとてカーツらの行動を知らぬわけはなく、そういった手順を踏んだ正当な手段では駄目なのだと分かってしまっていた。いかに政府が緘口令を布き、外出時間を定めた所で人の口に戸は立てられない。なんとなれば、市民は既に政府塔ジレーザに対し憎しみを育みすぎていた。
 既にして政府塔内と市民との間にある不信という溝は、埋めがたい程に深くなっていた。麦の高騰に対する不満、という形で噴出してきたそれらは、実はベラニック奪還戦前後から既に市民の間でゆるやかに、強かに蓄積されていたものだったのだということを、この数ヶ月で嫌と言うほど思い知らされてたのはカーツ自身だ。
 成る程、カーツはその勤務は殆どが政府塔内の開発部だ。帝都の状況など、意識しなければ知る機会はない。マリクの事を機を理解せぬなどと言える立場ではなかったのだ、が、それはそれ過去の事としても、市民らの改革、叛乱を望む心というものは育まれ、そして熟してきていた。
 だからマリクの言葉の重みは、単なる思い付きなどではなく相当の覚悟を決めたものであるということを、ここにいる人間は皆理解している。カーツらを囲む何人かの顔ぶれもまた、神妙な、或いは思いつめたような表情だ。
「総統は聞く耳を持たんという姿勢をあくまでも政府側が貫くというなら、そうなるだろう。山岳トンネルを東へ抜けた先に穀倉庫があるのは、知ってるな」
 カーツの低い声に真っ先に反応したのは、ロベリアだった。怪訝そうに瞬きをしている。政府党内部に関してカーツとは違う意味で詳しい彼女が同じ技術部、それも大煇石絡みの所属と聞いた時は驚いたものだが、成る程ならばある程度政府塔に関して知識があっても不思議ではない。彼ら大煇石開発部は、いわばエリート中のエリートだ。諜報活動やいざ実戦という方面にはからきしだが、それでも有用な情報を携えてくることが多い。
「ちょっと待って。穀倉庫の警備は基本的に厳重になっているわ、それこそ政府の命綱だもの。私達の武力じゃ正面からなんて立ち向かえない。その上雪が深いし第一通り抜けは……」
「その通りだロベリア。だが何も堂々とあそこを通る必要は無い」
「ならば、奪うの?」
「ああ。半分は正解だ」
 そこで、カーツは一枚の地図を取り出した。何処から持ち出したのか、マリクが寄越したものだ。陸軍が使っているもの、おそらくは複製だろう。
「ザヴェートとベラニックを結ぶ山岳トンネルだが、あまり知られてはいない抜け道が在る」