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夢轍 [4] 兵が夢の跡、鉛の空と銃弾2

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その朝は、銃声から始まった。
 凍りつた石畳の上にさらにうっすらと雪が積もり、あらゆる人々の肩には冬と言う季節への重石がのしかかる早暁。パン、とやけに軽く無慈悲な音が耳に届いた瞬間、目が覚めた。カーツは眩暈を覚えたがそれどころではない。一体何事なのか。そもそも抗議行動に出るなどという話は誰とも一切してはいない。一体何処の莫迦が先走った。舌打ちと共に毛布を跳ね上げ、手近に放り投げていた制服を着込む。整えている暇はなかった。
 殆ど昨夜と変わらぬ風貌で部屋を出る。カーツが主に寝泊りをしているのは例の旅籠の一角であるが、銃声があれほど鮮明に聞こえるということは、現場は広場の近くだ。脳裏を過ぎる予感はどれもこれも悪いものばかりなのだが、兎も角懸念するよりはと早朝にしては遠慮の無い足音を響かせたことを同じく銃声に驚き飛び出してきた旅籠の亭主に詫びながら、裏口へと急いだ――カーツら叛乱分子と定められている人間を構わず囲い込んでいるこの老舗の旅籠は、無論政府からも目をつけられている。が、外国からの商人なども多く滞在し、またアンマルチア族の従業員が幾人かいるこの旅籠で事を起こすのは政府側にとっても不利益を多く生む。結果、帝都の中央に居座る旅籠は中立地帯のようなもので、政府の干渉を一切受けない場所となっていた。
 三日も続いた市民と軍部を巻き込んだデモは、治安維持警察との膠着状態を経て、互いに少なくはない怪我人を出した。そこに、総統から一度互いに引けという声明が発表されることで犠牲者が出なかったと言ってもよい。それでも、一度火がついたものを簡単に収めることは、お互いに出来なかった。行動を起こすまでに時間がかかる分、フェンデル人は一度火がつけば収まりにくい。扱いづらいが膨大な力を秘めるフェンデル由来の煇石と似た性質が、この国土に暮らす人間にも染み付いているのだ。その三日間を殆ど眠らずに過ごしたカーツの身体に蓄積された疲労というものは総統であったらしく、カーツは寝台に身体を沈めるや否や泥のように眠りこけたことを大分悔いた。せめて、別の場所で眠るべきだった。
 治安維持警察はそれでも、発砲という手段には出ることは今の今まではなかったのだ。が、あの音は特殊弾ではありえない。そこは銃器開発に長く携わり続けていたカーツである。彼らが相手を弱体化させる特殊煇術弾を使用することは何度かあったが、実弾を使ったのは初めてではないか。それも、デモや武力行使を抑えるためではなく、恐らくは哨戒任務中にである。やはり、先に行動を起こした結果政府側はいよいよ反政府勢力の掃討作戦を展開するつもりか。が、それにしてもあまりにも急だ。第一総統は一時停戦を双方に申し渡したはずだ。政府側の態度の不自然なまでの変化には、何か在る。政府側が一枚岩ではないということか。何かがあるだろうとは思うのだが、思考はそこまでだった。見れば旅籠の女将だ。給仕の最中であったろうエプロンを羽織ったまま、カーツを認めて頷く。「あたしから知らせておく」その言葉は何よりも心強い協力者のもの。カーツは頷きで返し、扉をくぐった。裏口からは狭い路地を抜け広場を見渡せる場所へ行ける。治安維持警察の目を逃れるための通路の一つだ。
 マリクは、ロベリアは、コンドラトはどうしたのだ。同志たちは。銃声、あの音の響き方は治安維持警察のものだ、であるならば。一瞬過ぎるのは、最悪の想定だ――カーツはぎり、と奥歯をかみ締めながら、急ぎ扉をくぐる。

 強い風が建物の隙間と上空から落ちてきて、しんと静まり返った中央広場の無気味さを際立たせていた。広場の石畳に降り積もっていたであろう雪は無数の足跡に踏みしだかれ、ところどころには血痕が認められた。
 その光景を視覚と頭で認識した瞬間、カーツは冷や水を浴びせられたような心地になり、その場に立ち尽くす。呼吸がつまり、声にならない声が漏れていた。じわりと口の中に苦味が生じていた。
 早まるな、あれほど繰り返した言葉は無意味だった。少人数で何かを出来る、そう勘違いしたのはコンドラトだ、あの、若い駿馬のような士官候補生だ。激昂して振り上げた拳を止めねばよかったのか。頬を殴り倒す前に、諭せばよかったのか。一気に吹き上げてくる後悔の念とコンドラトの去り際の怒りに満ちた顔が交差し、カーツは重たい吐息に変えた。なんということだ。早まるなと、あれほど。繰り返す言葉とて無為だ。カーツは首を振ると、未だ割れガラスや抗議行動の残骸が放置されたままの広場の隅に影が動く。あそこは、日常品などを扱う商店だ。そこに認められる、血痕。悪寒がカーツの背中を走り、カーツは一瞬迷った後に飛び出していた。当然、他に人影を認めなかったからである。
 カーツの姿を見つけ、影が硬直した。武器のようなものを携えている風でもなく、よくよく見れば腰が曲がっている。おびえるような目を向ける初老の男に近づくにつれ、カーツは短銃をコートの中に収めた。男が心底安堵したような表情を見せたのは、カーツの前髪を認めたからだろう。
 曰く、事が起きたのは一時間ほど前の未明――つまり、カーツが漸くという具合に寝台にもぐりこんだ頃だという。話を聞きながらカーツは強く唇を噛んだ。あぁ、俺は昨日は疲れすぎていた、だから、とにかく眠りたかったのだ。相次ぐ市民のデモと一触即発と言う空気の中、三日もまともに寝ていなかった。だからせめて仮眠をと、寝台にもぐりこんだのがいけなかった。あぁ、俺が悪いのだ。コンドラトを止めることすら出来なかった、マリクを呼ぶことを忘れた俺が悪いのだ。
 よろめくカーツを心配する初老の男にはなんとか笑みを向けることは出来た。カーツらはそれこそ治安維持警察に追われる身であり、賞金すらかかっている。それでも、駆けつけたカーツを叛乱分子と認め、安堵の表情を見せたのだ。
 だが、虚勢といえばせいぜいそれが限界だった。身体は限界まで疲労が蓄積していた、そこに、この銃声と血痕で聞きたくは無かった事態。泣きっ面に蜂とはまさにこの事である、とふらつく意識が眉間のあたりから飛び出してきそうになり、とっさに右手で抑える。かさついた革張りの手袋が眉間に触れた瞬間、そのごわついた外的感触が触れたことで急速に取り戻した理性で、物事を考えた。だから何だというのだ。始めたのは、俺たちだ。
「あの人は私の息子を助けてくれたんです…あの人は、治安警察に歯向かったのは私の息子で、止めるべきだった私は」
「落ち着いてください、大丈夫です」
 老人の両肩に手のひらを置きながら、何が大丈夫なのだろうとカーツは自問する。だが、老人の不安と恐怖と怒りに揺れる瞳には、そういう言葉をかけるしかなかった。
「若い将校さんは、息子を助けてくれたんです、元はと言えば」
「とにかく家へ戻ってください。まだ外出禁止時間です」
 治安維持警察の横暴は、抗議行動の加熱に比例して悪化している。広場の周囲を見渡せば、割れた窓ガラスや壊された扉の残骸が至る所に放置されている。カーツらが利用する旅籠とて例外ではないのだが、やはりそこはアンマルチア族が絡んでいるという点が強かった。