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夢轍 [4] 兵が夢の跡、鉛の空と銃弾2

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 成る程、そういう解釈もあるのかと却って感心してしまうほどに、リジャールの言葉は真実とはかけ離れていた。
 確かに、ストラタからの接触があったことは、一度ではない。成る程、反政府組織に援助し将来的にはクーデターを起こさせる。そうして成立した新政府に援助する代わりに新政権が続く限りは相応の見返りを、そのような中身の密書が届いたのも複数ではない。が、何れもストラタの諸勢力からのものであったし、そもそもあの砂漠の国の住人をカーツは好きにはなれなかった。勝手に新政府樹立だとかいう理想を並べ立てられたことにも、憤りを感じた。それでも大統領府が動いたというのならばまだ考慮の余地はあったが、そうではない。
 カーツらを後押ししているのは、そんな他国の小賢しい偽善者などではなく、憂国の思いを強く抱く(少なくともカーツはそう信じたい)市民らであり将校らであり、商人達だ。そういう、組織の正当性を認めようとはしない腐敗しきった建前だけの忠誠とかいう言葉に縋りつく卑しさが、この男にあえて指摘するのも馬鹿らしい嘘をつかせているのか。
「ストラタ海賊が関わっているのならば、とっくにクーデターは成功している。そうではないから、俺たちは足掻いている。自らの血肉を流し得ぬというのならば、理想などは実現したとたんに虚実となり、ぶざまに贅肉を肥え太らせるだけになる、そういう前例を示してくれた上官がいたからな」
 無論、リジャールの事だ。似合わぬ治安維持警察の制服に包まれて怒りにぶるぶると頬肉を振るわせる姿は酷く道化染みていたが、笑う気にもなれない状況だった。
 絶対的な窮地であるという自覚があるからこそ、カーツの心の内は静かだった。感覚が、研ぎ澄まされていた。実戦経験などは殆どない。完全に包囲されている。が、自分の存在を引き換えにあの若者を救う事は出来る。あのひたむきな情熱は、これからもマリクと共に初志を貫いてゆくのだろう。自分が殺されれば、反政府組織と市民は間違いなく暴徒と化す。カーツ・ベッセルという名と存在は、今やそれなりに重い。だから、政府側は堂々とこうして姿を現した男を、捕縛するしか術はない。そして殺すというのならば、殺せばよいのだ。その銃声を機に、子の国は一気に混沌の時代へと落ちてゆく。国の中で争いくらい続けるおろかな道を選ぶ。ならばそこに改革の芽など、在ろうはずもない。
「……ふん、そうした生意気な口を堂々と叩く性根は変わらんか。が、死体と役立たずの士官候補生で貴様を捕えることが出来るならば、こうして寒い中わざわざ赴いた甲斐もあるというもの」
 それでも、元中将の自尊心というものがリジャールの卑しい眼差しに一瞬きらりと光る。元々、そのつもりだったのだろう。この男に、事を荒立てる度胸があるわけない。
 リジャールがチラと隣の男に視線で示すと、ぐったりとしたままのコンドラトの身体を男が放るようにどん、と前に突き出した。カーツは動かない。じっとそのままリジャールとコンドラトを一直線上に見据え、若者がふらふらと前に歩み出た瞬間、一歩を踏み出した。
 見据えた先の忌々しい顔が得意の絶頂という風に歪む。それで、一体この男が何を得るかなどは知らない。そもそも何故治安維持警察などを率いているかも知らない。仔細を知りたいとも思わなかった。既にしてこのリジャールという男はカーツにとって敵であり、現政権を維持しようという人間も同様だ。再三改革を訴えても聞く耳を持たず、形ばかりの議会すら設けず、徹底排除のための組織などを作った。何度も繰り返した思考が浮かび上がり、吐き出す白い息に混じり寒風に吹き飛ばされてゆく。一歩、また一歩。確実なる破滅への歩みのようにも思え、そうではないようにも思える。強い風に煽られて被ったフードが飛ばされ面が露になるが、リジャールの表情は歪んだままだった。ぴくりとも動かず得意げに笑う表情には下賎さが滲み出ている。コンドラトは、確かな歩みを進めていた。苦痛に歪みながらも、どこか申し訳なさそうに目を伏せている。ああ、お前はそんな顔をしなくとも良い。先ほど覚えた怒りなどはすっかり収まっていた。無事を認めた。ただそれだけでカーツは嬉しかったのだ。かけがえのない若者は生きていてくれた。救出すべき市民が殺されていた事に対する感情よりも、目の前に苦楽を共にした仲間が生きていたと言う事実だけが、重かった。さあ、お前は俺と引き換えに戻るのだ。戻り、マリクらに、同志達に全てを伝えるのだ。そうして改革の火を広げるのだ。お前ならば出来る。否、お前でなければ出来ぬ。

「カーツさん」
 聞きなれた声が、名を呼ぶ音が耳に届く。

 同時に、銃声が静寂を引き裂いた。