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夢轍 [4] 兵が夢の跡、鉛の空と銃弾3

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目の前の光景は夢か。灰色の景色に飛び散る血漿の深紅が網膜を焼くような鮮烈な印象をもって切り込んでくるような錯覚に、時間の感覚が一瞬失われた。
 目の前で左胸から血を噴出している。上向いた顎が、がくりとくずれた。
 何故だ。もう、届くと言う所まで来たではないか。
 何故お前は倒れなければならない。
 手を伸ばした。叫んでいた。

 腹の底から、出来うる限りの声を搾り出して、カーツは何度も何度も名を呼んだ。

 自分に生きることの強さと心を改めて教えてくれた少年の名を、カーツは叫んでいた。

 が、その声すら続けざま放たれる銃声の咆哮にかき消された。
「止せ、リジャール!」
 無為な言葉が意識から離れ口から飛び出た。無慈悲な射撃が血を噴出しながら倒れる若者の身体を蜂の巣のようにしてゆく。叫び、駆け出そうにも既に限界に近かった両足はぴくりとも動かない。履きなれたブーツが枷のようで、身体が鉛のように重く、目の前の惨劇をただただ見守るしか術はなかった。
 それでも血まみれの顔は、カーツに向けられていた。己の身を襲った突然の不幸などは全く気にしたようには見えない、ただカーツが自分を迎えに来たという事実を無邪気に喜ぶ少年の顔。
 まるで長年離れながらも慕い続けていた親元へ戻ってきた、子供のような、あまりにも無垢で他意のない、満面の笑み。

「コンドラト!」

 名を呼んでいた。だが、そこに何らかの音が重なり、本当に少年の名を自分が呼んだのか、カーツはわからなかった。そこでカーツの意識は、途絶えた。


 ***
 その衝動に名などはなかった。だから行動する為に必要ではないと思っていたし、今でもそうだ。大仰な名で呼ばれ称えられれば、それだけで満足してしまうかもしれないという恐怖もあったからだ。
 それでも行動が出来たのだ。一つの目標を定め、慌しい日々は夢のようだった。だが、夢のようだと認識したとたんにそれまで現実であったものは瓦解しあっという間に本当に夢になる。朽ちた、かつて見た夢に形を変えて、真実夢と果ててしまうのだ。

 ならば、心の奥に抱くそれを夢などとは思うまい。

 過去ではなく現実の、その時から連綿と連なる事象の一端にただ立っているだけの現在。終わりなどはない。終わるべくも無い、遠くけれども確実に視界に在るものは理想であって、必ず手に出来ると信ずる所にあるものであり、瓦解など決してしない。それを信じる自分自身だけがそのことを見失わなければ、決して敗北などではない。

 人のせいにするのは、まず己自身の行動に疑問を抱いているからだ。確信が抱けず、その結果失敗すれば人のせいにする。成功すれば、それは己の功績だ。人とはそういうものなのだ。
 期待して裏切られるのならば期待せぬほうが余程利口だし、裏切られることを恐れるならば信じなければ良い。が、裏切られても良いと思うことが出来る相手がいたとすれば、それは幸いなのだ。後悔もしない。相手のせいにもしない。悔いることは、何もない。あぁ、裏切られたのだという事実だけが残る。それで仕舞だ。その瞬間それは過去となり、過去に見た夢になる。夢である、だからそれはやがて記憶の中静かに果ててゆくものだ。覚えているべきもの以外を、綺麗に忘れることが出来るのだ。

 だから、決してこれは終わりではない。始まりの終わりなのだ。自らの意志を示した。たとえ抑圧されようと決して消せぬものがあると知らしめた。ならば、次は。
 絶望してしまえば、それこそ本当に一巻の終わりだ。まだ何も終わってはいない。変わってもいない。ならば、まだ、諦めてしまうには、早いのだ。いわんや絶望など、そこにあるべくもないではないか。


 ***
 何故ここまで辿り着いてしまったかはわからない。だが、後悔だとか迷いだとか、はっきりとしない不快な感覚だとか、父への感情だとかが、この一枚の書面を手に入れたことで全て昇華される気がしていた。これを、マリクの手に――あの改革派の象徴のような、理想を具現化したような存在の男に渡しさえ出来れば、ロベリアの抱いている鬱屈は全てなくなる。そして、堂々と今度は改革派の人間として、父と向き合うことが出来る。ジレーザと向き合うことが出来る。早急に先を向いた感情は、ロベリアに一つの巧妙を見出させていた。暗くて長くて、ひどく狭苦しい、それでも必ずあるのだと信じている希望が、漸くそこにあるのだ。見えている距離なのだ。
 政府塔内部の図面を入手するつもりだった。いよいよ、内部かく乱という手を考える段階になっていた。そこで、やはり必要になるのは仔細を記した図面である。それぞれの将校は成る程、己の持ち場の事は良く把握していたが、全体どのような繋がりになっているかまでは誰も知らなかった。それは当然だ、とロベリアは思う。父は必要な情報以外を与えぬことで、判断力を失くすことを目的としていた。手足となるべきものに必要なのは最低限の判断力なのだと言うことを昔から言っていた。訣別と言うほどでもない、ロベリアの一方的な嫌悪や怒りの感情を、その対象であるオイゲンはものともしてはいなかった。だから当たり前のように己の言葉を娘に放ることもあった。そういう忌々しさも、その結果入手したこの見取り図の事を考えればどうでもよい些細なことだと思えた。
 ロベリアが携えるのは、この国の最大の機密――大煇石安置場所及び煇石保管庫という、この国の心臓部分に纏わる機密文書だ。大煇石開発に携わる所属でありながら、階級でいえばただの士官でしかないロベリアに具体的な情報などはつかめるわけもない。だから、本当にこれは僥倖だった。
 煇石保管庫に関しては、これまで考えてはみても手を出そうとは思わなかった。この国で煇石が意味するところを考えれば、自ずとそういう結論になる。他の穀物だとか、鉱石だとか、そういった類のものとはそもそも比べ物にならない。
だが、もう、そんな懸念は吹き飛んでいた。
 とにかく、いち早くこれを届けるのだ。そうすれば、全て巧くいく。自分にかけられた嫌疑も晴れるし、何より役立てるのだ。そう、オイゲンの娘でも反骨の精神に溢れていると示すことが出来て、改革を志す仲間たちに、マリクの役に立てる。その先の事などはまだ考えなくとも良い、この文書を届けることが、大事なのだから。

 もう少し、もう少しだ。追っ手がかかっていることは途中で気付いた。治安維持警察が出てきた。先日の騒ぎから、連中はいよいよ改革派を危険分子と断定し見つけ次第問答無用という事を態度で示してきている。何人も殺されている。だからわざわざ遠回りをして細い路地を駆けた。風は相変わらず身を切るように冷たくて、雪は勢いを増している。転ばぬように辻を曲がり、ロベリアは尚も駆けた。息は大分あがっているけれど、もう少しで司令部へ辿り着く。そこには同志がいる、マリクがいる、だから大丈夫なのだとロベリアは信じていた。信じて、駆け続けた。背後に迫る声の鋭さを考えないようにした。大丈夫、それだけを脳裏で繰り返す。