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ビギナーズストラテジー

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 普段チームメイトたちの集団に混じろうとせず、少し離れたところでそれをぼんやりと眺めていることが多い黒髪の少年。その彼に、自分の視線が無条件に引き寄せられることに気が付いたのは、彼のレギュラー入りが決まる少し前のことだった。
 彼と自分はチームでは比較的仲が良かったように思う。と言ってもこちらが一方的に構っていっているだけで、彼からの積極的な交流は皆無と言っても良かった。休憩中ひとりでぼんやりと空に視線をとばす彼を捕まえて、そのワックスで固められた綺麗な黒髪をぐしゃぐしゃにかき乱して、時にはその細い背中に腕を回してみたりもした。彼がスキンシップの類をあまり好まないのは入部の時から見ていればわかったことだが、それでも自分が止めようとしなかったのは、彼は自分が相手の時だけ、本心からの拒絶反応をしなかったからだ。彼は本気で嫌がれば、嫌悪の表情を露わにして、拒絶の言葉を吐きながら手を振り払う。それはたとえ小春やユウジといった気心の知れてきたチームメイトが相手でも、彼が嫌だと感じればその反応は同じだった。
 けれど彼は、謙也が行う時に過剰ともとれるスキンシップには、拒絶をしなかった。いやや、やめてください、やめえゆうとるやろ、そんな言葉はよく唇から紡ぎ出されたけれど、彼の表情はどこか緩んでいて、振り払おうとする腕も猫がじゃれるような柔らかい力しか入っておらず、ああ、彼は嫌がってはいないんだなとわかってしまう。それはまるで慣れない接触に反応の仕方がわからず、ただ形だけの反抗を試みて照れを誤魔化そうとしているような、そんな年相応の可愛らしい反応に思えてしまって、それ以来謙也はますます彼を構うことが止められなくなってしまった。
 結果的に二人で並んで立っている時間が増えることになり、いつのまにか小春やユウジどころか白石からまでもセット扱いされるようになるのにも時間はかからなかった。それが彼と出会って、一年目の夏のことだった。
 そんな状況だから、黒髪の少年の彼、財前を視線が自然に探してしまうのはもう無意識の行動で、それに特に疑問を持ったことはなかった。よく構っているから、よく一緒にいるから、だからつい、見てしまう。その答えで自分は満足していたのだ。


 それが今になってしまえば、過去の自分は随分鈍感で脳天気だったものだと思わせてくれるものだから、時間の経過とは偉大なものだなと自分には似合わないことを考えてしまう。(まあ鈍感だとか脳天気だとかは現在進行形で言われている言葉だが、そのあたりはおいておく。)
 何故視線が財前を捜してしまうのか?……いつも構っているから。
 何故財前を構ってしまうのか?……反応が可愛いから。
 何故可愛いと思ってしまうのか?財前は自分と同じ男、それなのに?
 その質問に自分の中で答えが出せなくなった瞬間が、自分の『当たり前』の行き止まり地点だった。可愛い後輩だから構ってしまって、構っているから視線が彼を追ってしまう。ならその『可愛い』はなんだ?初めてできた中学の部活の後輩だから可愛くて、世話を焼いてしまう?それならまだわからないでもない。
 でもその感情だとしたら。後ろからいきなり肩を抱いて声をかけてみたらジト目で振り返られて、でもその唇が無理な力を入れたように少しだけ震えていて、そのあと少しだけ躊躇したように開閉してから「……謙也さん、はなしてや」と小さく呟かれた時の、あの唇の色がどうしても忘れられずにいるだとか。彼がせっかくワックスで固めた髪型を無視して、その少しべたつく綺麗な黒髪を掌でかき乱して「はは、ええ子ええ子〜!」とふざけてみた時に、「子供扱いすなや……!」と歯向かってきたときの、そのあかく染まった頬と憤りで少し濡れたように光る眦の妙な色香が自分の中の何かを崩しかけただとか。そんな挙げてみればきりがない、彼への妙な感情に、説明がつかない。
 そんな問答を何度も繰り返して、結局謙也の中で、財前に対する感情は、普通の先輩が後輩に対して抱く庇護のような類の感情ではない、と言うことだけは違えようもない事実だということがはっきりしてしまった。ついでにどうやらこれは恋愛感情と呼ばれるものに近いらしい、ということも。でなければ、あのわなないた唇にキスをしてみたい、赤く染まった頬に掌を滑らせてみたい、あの濡れたような眦にあろうことか欲情してしまった気がする、なんて、思ったりしないだろう。
 あああ俺ホモやったんか、ユウジのお仲間っちゅーわけか、そんな嘆きともつかぬ衝撃はなかったと言ったら嘘になる。ユウジと小春のおかげで別段そういう同性間の恋愛に対して偏見はなかったものの、いざ自分がそうなるとやはり勝手が違うものだ。それまでずっと自分は異性愛者だと信じて生きてきたし、今現在可愛い女の子とむさくるしい同性の男どちらかに抱きつけと言われたら確実に可愛い女の子を選ぶだろう。その点では自分は何も変わっていないと言えた。けれどその選択肢に財前を入れられてしまったら、違えようもなく自分は財前を選んで、彼の意志関係なく強く抱きしめてしまう自信があることに気づいた瞬間、謙也は様々な葛藤や思考を放棄することに決めた。好きになってしもたもんはしゃーないやん、そう思えば多少の後ろ暗さも気にならない気がした。
 そんなわけだから、夏の大会が終わって新体制に入り、財前が見事レギュラー入りを果たした現在、財前の立ち位置はますます謙也の近いところに来てしまい、謙也は財前をそれまで以上に構い倒した。調子に乗りすぎて時折本気で嫌がられているような時も出てきてしまったが、やはり基本的に財前は謙也のスキンシップを本気で嫌がりはしなかったし、最近は慣れてきたのか諦めてきたのか反抗も随分少なくなって来た気がする。反抗にもなっていない仕草を見るのが好きだったので少し残念な気もするが、おとなしく自分の接触を受け入れてくれている財前を見るのは、何か自分が財前にとっての特別な場所を手に入れたようで、至極気分が良かった。
 セット扱いは継続されているうえに、監督と白石からダブルスを組んでみるかという話まで受けてしまったので、ここのところ謙也はますます財前の隣に居ることが多くなった。そして少し変わったのは、今まで休憩中などは謙也が一方的に財前にちょっかいをかけに行っていたのが、本当に稀なことではあるが、財前の方から謙也のいる場所に寄ってきて、話しかけてくれるようになったことだ。用件はまだ形になりきらないダブルスのことだったり、練習中のミスのことだったり、テニスに関わることがほとんどであったけれど、これは謙也にとって大きな前進だった。財前は、少なくとも謙也が隣に居ることに対して悪い意味での感情を持っていないと、そういった証だと謙也には思えたのだ。
 許されるなら、俺の隣におってええのはコイツで、コイツの隣におってええのは俺なんやで、そう叫んでしまいたかった。謙也にとって財前が特別な存在であるように、財前にとっての特別に、なりたかった。謙也が財前の表情や仕草や言葉に踊らされながら、自分の隣は財前にだけ許したいと思うように、財前が自分に対して何か思ってくれたら、きっと最高に幸せだと、そう思った。
作品名:ビギナーズストラテジー 作家名:えんと