ビギナーズストラテジー
けれど財前がどう思うかは彼の勝手で、謙也がただ財前を構うだけでどうにかできる問題ではない。財前のこころは財前が抱え込んでいて、奪い取ったりできるようなものではない。だからできることは、やはり財前の隣にいて、財前に触れて、財前に言葉を浴びせて、自分が財前が大事で特別で仕方ないと、直接言葉にする以外の方法で伝える、そんなことしかないような気がした。白石あたりだったらもっとスマートにアプローチめいたことができるかもしれないが、色々と気が回りきらない自覚のある謙也にとっては、それが一番妥当な方法だと思えたのだ。
ああ、厳しい残暑の中照りつける太陽の光が、真っ黒な髪を照らしている。きらきら光るその輝きが眩しくて、思わず目を眇めた。思い返せばまだ彼を視線で追い始めたときも、この濡れ羽色の黒髪と目立つピアスが目印になっていた。
「きれいやなあ」
思わず本音が零れたのは無意識だったけれど、失敗したとは思わなかった。彼の黒髪が光に映えて美しいと感じるのも、目を瞠ってこちらを凝視するその持ち主の彼が愛しくて仕方がないのも、その彼が自分にとって大切な存在であることも、全部本当のことだから。まだ全部は見せられないけれど、ひとつひとつ、たとえば今さっき彼の黒髪を褒めたように、自分の中の彼への思いをさらけ出していって、いつか自分と彼の距離が引退という文字で物理的に引き離されてしまうその前に、特別なお前への感情を、すべて伝えたいと思っているから。
(だから、はやく、俺をお前の特別にしてくれへんかなあ、ひかる)
作品名:ビギナーズストラテジー 作家名:えんと