灰色
シトラス
「夏生、ここ分かんね」
手を伸ばせば、そこに欲しいモノがあった。
漆黒でロングの髪の毛を持つ女。
ストレートで癖一つない、照明に照らされてキラキラと輝く髪一本一本。
瞳は少し釣り目がちだが目つきが悪いという訳ではない。
この女の名前は川島夏生。
半年前の夏、俺と夏生は付き合い始めた。
緑間の元カノで、弱っているところに漬け込んで彼女にした。
それは夏生が悪いなんて言いたくないけど、実際どんな形であれ嬉しいもんは嬉しい。
俺を見てくれることが死にそうなくらい幸せで
付き合っても俺の好意は深まるばかりで逆に戸惑う。
「ここ前に説明したでしょ、もう忘れたの?」
「覚えることが多すぎて忘れんだって」
「公式当てはめれば出来るんだから自分でやってよもー」
彼女は乗り出していた体を定位置へ戻す。
フワリ、と香るシトラスの香りが鼻を掠めた。
付き合って初めて知ったこと、たくさんあるんだ。
すげー頭が良い事、控え目な性格な事、踊るのが好きなこと。
でもまだ、俺の知らない夏生があるんじゃないかってたまに不安になる
まだどこかで真ちゃんを好きなんじゃないかって、考えて虚しくなる
それでも夏生は俺の心を読んだかのようなタイミングで、「すき」と言う。
たぶん、絶対に俺の「すき」と夏生の「すき」は、違うと痛感する瞬間が、確実にあった。