黒と白の狭間でみつけたもの (14)
〈 第14章 見据えた先の真実 〉
苛立ちばかりが募っていた。
どこへ行っても人が多いせいなのか、景色がどこも似たようなビルばかりでうんざりしているせいなのか、ずっと歩き回って休んでいないせいなのかもしれない。
中心街は捜しつくしたのに、タッくんはいっこうに見つからない。
―― なんでいないの? こんなに捜してるのに!
手に握りしめていた街の地図が、くしゃりと音をたてた。
地図を頼りに、タッくんが行ったと思われる方向に沿って、ビジネス街から、飲食街、アート街、中央公園、公園を抜けたビル街まで足を伸ばした。
それでも見つからず、ただ人の多い、この街の歩き方がかり上手くなっていく。
イッシュで一番の巨大都市。それでも、道はどこかに繋がっている。捜せば絶対見つかると思った。
見つからない焦りに、悪いことばかりが頭に浮かんだ。
―― どうしよう…。こんな時、ベルやチェレンが側にいたら……。
心強い2人の姿が浮かんだが、とうに2人はこの街を出てしまっただろうことを思いだす。1週間も出遅れたのだ。きっともうこの街にはいない。頼れる人がいない、その事実に目がじわりと熱くなった。
泣いている場合じゃない。たまってきた涙を腕でぬぐい、トウコは頭を動かした。
タッくんだってきっと不安を感じているはず。街の中を動き回って、自分のことを捜しているのだろう。
―― 早く、見つけなきゃ!
そう思い、もう一度くしゃくしゃになったヒウンシティの地図を広げた。
乱れた図面を食い入るように見つめ、街の施設を記した色分けされた番号に目が止まる。ポケモンセンター、バトル施設、すれちがい通信、ビジネス会社…。その西側に大きな施設をみつけて、トウコはハッとした。
「ヒウンジム!そうだ…、アーティさんなら!」
なんとかしてくれるかもしれないと思った。たった一人この街で頼れる人だ。
トウコにとって、この街が迷路でも、街のジムリーダーであるアーティさんにとっては、この街は知りつくした庭のようなものだろう。迷子のタッくんの捜索だって、彼に協力してもらえれば早く見つかるかもしれない。
簡単に用事を頼める相手ではないことはわかっている。顔見知り程度でしかないトウコが、いきなり私用を頼み込むなんて、とんでもない暴挙かもしれない。けれど、そんなこと気にしていたら、いつまでたってもタッくんは見つからない気がしていた。
恥をかこうが、嫌みを言われようがどうでもいい。さっきから何も変わっていない状況を思えば、動かないでいる方が馬鹿馬鹿しかった。
―― 相談してみよう、アーティさんに!
頼れるものには、頼ってみるしかない!
トウコは、ヒウンジムの場所を地図で確かめると、メイン通りを駆け抜けた。
商業施設が並ぶ通りを越えて、船着き場の並ぶ港を、なめらかな曲線に沿って走り込む。
青く広がった海を左に見ながら、メインストリートの最西地へと辿り着いた。
海側のリバティピアのすぐ側を右へ曲がりこんだところに、ヒウンジムはあった。
美術館のような大きなビルの1階にあるポケモンジムは、黄色や緑のステンドグラスが壁一面にはめ込まれていて、光に反射されキラキラと輝いていた。
色鮮やかな蝶の羽のようなその外観は、ポケモンジム自体が一つのアート作品みたいだった。アーティストである、アーティさんならではのポケモンジム。
本来なら公式バッジ認定のために訪れたかったが、そうも言っていられない。
留守でないことを祈りながら、トウコは早くなった呼吸を整えて、ヒウンジムの入り口に立った。
キュルリと音を立てて、自動ドアが開く。
トウコが足を一歩踏み出そうとした瞬間、なぜか目の前に大きな影が迫った!
「!?」
瞳が大きく見開かれ、それが勢いよく飛び出してきた人影だと認識できたが、避けるにはもう遅すぎる距離だった!
―― うわっ ぶつかる!!!
トウコはとっさに目を閉じた。
「うおわ!?」
相手の驚いた声と、キキュッ!と高く靴が擦れる音が同時に響いた!
衝撃を予測して力を入れたが何も起こらない。ぶわっと勢いのついた風だけが体に当たった。おそるおそる目を開けた先には、妙な圧迫感をかんじる壁のようなものがあり、視界が薄暗かった。
ふうと、安堵したように吐かれた相手の息が上から聞こえて、すぐ目の前の壁が体であることを知る。
動悸が落ち着かない中、見えたその服装は、緑のラインの入った赤地のズボン、さわやかな緑の上着にさらり巻かれた赤いスカーフと、中々おしゃれなもので、体格から男性だと気づいた。
トウコよりも背の高い男性は、ちょうどトウコの体を避けるように「くの字」に曲がったような体勢をしていて、どうやら後ろにある自動ドアの縁に手をついて、なんとか止まったらしい。
あのぶつかる寸前でよく止まれたものだと感心して、ふと、目の前の男性が、無理にその体勢を維持していることに気づいてはっとした。
「あ…、ごめんなさい!」
さっとその場所から急いで脇にそれた。
「いやいや、ボクが悪かったからね。大丈夫だった?怪我はない?」
そう謝りながら、トウコに向き合った若い茶髪の男性を見て、トウコは思わず指さした!
「あー!!」
アーティさんだ。走り込んできたのがまさか本人とは思わなかっただけに、呆然とする。
突然、指を指されたアーティはしばらく目を丸くしていたが、はっとした様子でトウコを同じように指さした。
「あー!! あれ?! 君、ヤグルマの森でプラズマ団と戦ってくれた!!」
こくこくと頷くトウコに、アーティの表情も柔らかくなった。
「トウコさんだよね? 久しぶり!怪我はもう平気なの?」
笑顔を向けるアーティに、トウコは覚えてくれていたのだと嬉しくなった。
「お久しぶりです。怪我はもうすっかり良くて……」
言いながら、ここに来た理由を思い出して、だんだんと表情が硬くなった。
「あの……」
急いでいる様子だったアーティさんを思うと、急に用件が言い出しにくくなった。
表情に陰りのあるトウコをみて、アーティが聞く。
「ジムにチャレンジってわけでもなさそうだね…。何かあった?」
「実はタッくんと…、ジャノビーと街ではぐれてしまって…。捜してもどうしても見つからなくて…。アーティさんならいい方法がわかるんじゃないかと思ってここに来たんです」
言いながら、恐くなった。
アーティさんにまで断られたらどうすればいいのだろうか。
考え込むアーティをみて、不安が増幅する。
「なるほどね。迷子なんだよね。この街広いからよくあるんだ。何度か迷子捜しはやったことあるし…、ボクも手伝うよ」
不安げに見つめていたトウコに、アーティはそう言って笑いかけた。
その言葉に、少し心が軽くなった。
「ただねぇ、申し訳ないんだけれど、少しだけ待っててくれないかな? ちょいと先客がいてね」
「先客ですか…」
他にもアーティさんに助けを頼んだ人がいる。
トウコも同じ事をしたのだ。仕方がないと思いながらも、どうしても気持ちが焦った。
苛立ちばかりが募っていた。
どこへ行っても人が多いせいなのか、景色がどこも似たようなビルばかりでうんざりしているせいなのか、ずっと歩き回って休んでいないせいなのかもしれない。
中心街は捜しつくしたのに、タッくんはいっこうに見つからない。
―― なんでいないの? こんなに捜してるのに!
手に握りしめていた街の地図が、くしゃりと音をたてた。
地図を頼りに、タッくんが行ったと思われる方向に沿って、ビジネス街から、飲食街、アート街、中央公園、公園を抜けたビル街まで足を伸ばした。
それでも見つからず、ただ人の多い、この街の歩き方がかり上手くなっていく。
イッシュで一番の巨大都市。それでも、道はどこかに繋がっている。捜せば絶対見つかると思った。
見つからない焦りに、悪いことばかりが頭に浮かんだ。
―― どうしよう…。こんな時、ベルやチェレンが側にいたら……。
心強い2人の姿が浮かんだが、とうに2人はこの街を出てしまっただろうことを思いだす。1週間も出遅れたのだ。きっともうこの街にはいない。頼れる人がいない、その事実に目がじわりと熱くなった。
泣いている場合じゃない。たまってきた涙を腕でぬぐい、トウコは頭を動かした。
タッくんだってきっと不安を感じているはず。街の中を動き回って、自分のことを捜しているのだろう。
―― 早く、見つけなきゃ!
そう思い、もう一度くしゃくしゃになったヒウンシティの地図を広げた。
乱れた図面を食い入るように見つめ、街の施設を記した色分けされた番号に目が止まる。ポケモンセンター、バトル施設、すれちがい通信、ビジネス会社…。その西側に大きな施設をみつけて、トウコはハッとした。
「ヒウンジム!そうだ…、アーティさんなら!」
なんとかしてくれるかもしれないと思った。たった一人この街で頼れる人だ。
トウコにとって、この街が迷路でも、街のジムリーダーであるアーティさんにとっては、この街は知りつくした庭のようなものだろう。迷子のタッくんの捜索だって、彼に協力してもらえれば早く見つかるかもしれない。
簡単に用事を頼める相手ではないことはわかっている。顔見知り程度でしかないトウコが、いきなり私用を頼み込むなんて、とんでもない暴挙かもしれない。けれど、そんなこと気にしていたら、いつまでたってもタッくんは見つからない気がしていた。
恥をかこうが、嫌みを言われようがどうでもいい。さっきから何も変わっていない状況を思えば、動かないでいる方が馬鹿馬鹿しかった。
―― 相談してみよう、アーティさんに!
頼れるものには、頼ってみるしかない!
トウコは、ヒウンジムの場所を地図で確かめると、メイン通りを駆け抜けた。
商業施設が並ぶ通りを越えて、船着き場の並ぶ港を、なめらかな曲線に沿って走り込む。
青く広がった海を左に見ながら、メインストリートの最西地へと辿り着いた。
海側のリバティピアのすぐ側を右へ曲がりこんだところに、ヒウンジムはあった。
美術館のような大きなビルの1階にあるポケモンジムは、黄色や緑のステンドグラスが壁一面にはめ込まれていて、光に反射されキラキラと輝いていた。
色鮮やかな蝶の羽のようなその外観は、ポケモンジム自体が一つのアート作品みたいだった。アーティストである、アーティさんならではのポケモンジム。
本来なら公式バッジ認定のために訪れたかったが、そうも言っていられない。
留守でないことを祈りながら、トウコは早くなった呼吸を整えて、ヒウンジムの入り口に立った。
キュルリと音を立てて、自動ドアが開く。
トウコが足を一歩踏み出そうとした瞬間、なぜか目の前に大きな影が迫った!
「!?」
瞳が大きく見開かれ、それが勢いよく飛び出してきた人影だと認識できたが、避けるにはもう遅すぎる距離だった!
―― うわっ ぶつかる!!!
トウコはとっさに目を閉じた。
「うおわ!?」
相手の驚いた声と、キキュッ!と高く靴が擦れる音が同時に響いた!
衝撃を予測して力を入れたが何も起こらない。ぶわっと勢いのついた風だけが体に当たった。おそるおそる目を開けた先には、妙な圧迫感をかんじる壁のようなものがあり、視界が薄暗かった。
ふうと、安堵したように吐かれた相手の息が上から聞こえて、すぐ目の前の壁が体であることを知る。
動悸が落ち着かない中、見えたその服装は、緑のラインの入った赤地のズボン、さわやかな緑の上着にさらり巻かれた赤いスカーフと、中々おしゃれなもので、体格から男性だと気づいた。
トウコよりも背の高い男性は、ちょうどトウコの体を避けるように「くの字」に曲がったような体勢をしていて、どうやら後ろにある自動ドアの縁に手をついて、なんとか止まったらしい。
あのぶつかる寸前でよく止まれたものだと感心して、ふと、目の前の男性が、無理にその体勢を維持していることに気づいてはっとした。
「あ…、ごめんなさい!」
さっとその場所から急いで脇にそれた。
「いやいや、ボクが悪かったからね。大丈夫だった?怪我はない?」
そう謝りながら、トウコに向き合った若い茶髪の男性を見て、トウコは思わず指さした!
「あー!!」
アーティさんだ。走り込んできたのがまさか本人とは思わなかっただけに、呆然とする。
突然、指を指されたアーティはしばらく目を丸くしていたが、はっとした様子でトウコを同じように指さした。
「あー!! あれ?! 君、ヤグルマの森でプラズマ団と戦ってくれた!!」
こくこくと頷くトウコに、アーティの表情も柔らかくなった。
「トウコさんだよね? 久しぶり!怪我はもう平気なの?」
笑顔を向けるアーティに、トウコは覚えてくれていたのだと嬉しくなった。
「お久しぶりです。怪我はもうすっかり良くて……」
言いながら、ここに来た理由を思い出して、だんだんと表情が硬くなった。
「あの……」
急いでいる様子だったアーティさんを思うと、急に用件が言い出しにくくなった。
表情に陰りのあるトウコをみて、アーティが聞く。
「ジムにチャレンジってわけでもなさそうだね…。何かあった?」
「実はタッくんと…、ジャノビーと街ではぐれてしまって…。捜してもどうしても見つからなくて…。アーティさんならいい方法がわかるんじゃないかと思ってここに来たんです」
言いながら、恐くなった。
アーティさんにまで断られたらどうすればいいのだろうか。
考え込むアーティをみて、不安が増幅する。
「なるほどね。迷子なんだよね。この街広いからよくあるんだ。何度か迷子捜しはやったことあるし…、ボクも手伝うよ」
不安げに見つめていたトウコに、アーティはそう言って笑いかけた。
その言葉に、少し心が軽くなった。
「ただねぇ、申し訳ないんだけれど、少しだけ待っててくれないかな? ちょいと先客がいてね」
「先客ですか…」
他にもアーティさんに助けを頼んだ人がいる。
トウコも同じ事をしたのだ。仕方がないと思いながらも、どうしても気持ちが焦った。
作品名:黒と白の狭間でみつけたもの (14) 作家名:アズール湊