黒と白の狭間でみつけたもの (14)
「ごめんね。なるべくすぐ戻るから…。ちょっと急ぎ用なんだ。ベルっていう子が事件の被害にあったようだから、急いで向かわないと!」
そう言って駆け出したアーティを、トウコは急いで呼び止めた!
「待って!アーティさん!!その話詳しく聞かせてください!!」
「!!」
いきなり腕を引かれたアーティは、驚いて振り返る。
明らかに動揺しているトウコを見て、立ち止まった。
「今、ベルって…。ベルがどうかしたんですか!?」
「もしかして知り合い?」
頷くトウコに、アーティはため息とついた。
「実は連絡があってね、プラズマ団が出たらしいんだ。最近、奴らにポケモンを盗まれる事件が頻発していてね、どうやら彼女も被害にあったらしい」
その言葉にトウコは目の色を変えた。
「私も行きます!行かせて下さい!」
「…いいよ。じゃあついてきて!プライムピアっていう波止場にいくからさ!」
そう言って、走り出したアーティの後ろにトウコも続く。
信じられなかった。
街でポケモンを盗まれる事件が多くなっていることは聞いていた。
でも、それがプラズマ団の仕業だったなんて…。
ベルがその被害に遭ったなんて…。
――うそでしょ?
信じられない気持ちと、もしかしたら間違いかも知れない期待、そうであって欲しい願いが入り交じった。
だって、ベルはもう隣町まで行ったはずだもの!!
踏み出す足に力を入れ、プライムピアを目指す。
海辺からみえる、ほぼ港の中心に位置する波止場に人影があった。きっとあそこがプライムピアだ。そこにいる人が、どうかトウコの知るベルでないことを祈る。
距離が近くなるほどに、淡い期待が破られた。
見慣れた姿が遠くからでもわかってしまう。その背丈も、外見も、立ち振る舞いも、どこかでみた記憶の通り。
一足先に前を行ったアーティさんが、2人組の女の子と話し始めた。
「こっち、こっち!」
アーティに呼ばれ、側に駆け寄るが、気が、気でなかった。
起こっている事象が信じられなくて、ただ前の2人を見つめる。
アーティに起こった事情を話しているのは、小さな女の子だった。
7歳くらいかと思われるその子は、褐色の肌に紺色の長い髪をした、黄色いリボンが目立つ可愛らしい女の子で、幼さはあるが、はっきりとした物言いでアーティさんに説明をしている。
その側で呆然と立ち尽くしているのは、見間違えようもない、幼なじみのベルだった。
小さな女の子の話を横目に聞きながら、何も感じていないかのように無表情だ。
いつも笑顔を絶やさないベルが、口をへの字に閉じて黙り込んでいる。
「プラズマ団……、この子のポケモンを奪ったって…」
そう言ったアーティの言葉が、胸に重い衝撃として突き刺さった。
この波止場のすぐ近くで、ベルはポケモンを奪われたらしい。
そのどうしようもない真実に、何も言えず、立ち尽くすトウコを、ベルの光の消えた目が捉えた。
その目から、ゆっくりと涙がこぼれ落ちる。
「……トウコ、…どうしよう」
ようやく聞こえたベルの声は震えていた。
「あたしのムンナ……プラズマ団に盗られちゃったぁ」
わぁと泣き出してしまったベルの目から、ボロボロと大粒の涙が次々とこぼれ落ちた。
声を震わせながら泣いているベルをみて、トウコは堪らずベルを抱きしめた。
それしかできなかった。かける言葉も見当たらない。
耳元で泣きじゃくるベルの声に、頭の中が真っ白になる。
ベルが被害者?どうしてベルが…?
抱きしめている手がわなわなと震えた。
ベルのムンナ。サンヨウシティの夢の跡地で、プラズマ団はムンナを狙っていた。
ムンナを仲間にしたベル。もしかして……それで狙われた?
大事な仲間と、無理矢理引き離されるなんて…!
考えるだけで心が痛い。
どうしてベルがこんな目に合わなきゃいけないの?
ベルだけじゃない。ポケモンを奪われたすべてのトレーナーが、きっとベルみたいに泣いたはずだ。
―― プラズマ団……許せない!!
「あたしね、おねーちゃんのひめいをきいて、ひっしにおいかけたんだよ!」
ベルの側に寄り添っている、可愛らしい小さな女の子が言った。
「……でも、このまち おおきいし、ひとばかりで、みうしなっちゃったの」
一生懸命話す女の子。
きっと、ベルを助けようと、この子なりに手伝ってくれたのだろう。
「アイリス……。君はできることをしたんだから」
落ちこむアイリスという少女を、アーティがそう言ってなだめた。
「……でも、ダメだもん! ひとのポケモンを とっちゃダメなんだよ!! ポケモンと ひとは、いっしょにいるのがステキなんだもん! おたがい ないものをだしあって ささえあうのが いちばんだもん!」
物怖じせずに、ハキハキと言い切った小さな女の子は、どうみても、7歳くらいにしか見えない。それなのに、妙な説得力があった。
小さいのに、どこか底知れない力を感じる不思議な子。
アーティさんと話す様子は、どこか慣れた様子で、もしかしたら2人は知り合いなのかも知れない。
「ありがとう……アイリスちゃん。 あんなに…、一生懸命、……追いかけてくれて。あたしが、もっと…、もっと…強かったら……」
嗚咽混じりにベルが言った。
「ベルおねえちゃんはわるくないよ!」
「うん、そうだね! だからボク達がポケモンをとりかえそう!」
力強く言い切ったアイリスの言葉に続くように、アーティも頷きながらそう言った。もちろん、トウコも頷づいていた。
ベルを泣かせたままになんてさせない!
「プラズマ団はどこへ逃げたんですか?」
今すぐにでも追いかけたかった。
「まあまあ、トウコさん。少し落ち着いて…。このヒウンシティで人捜し、ポケモン探しだなんて、まさに雲をつかむ話。でたらめに動いたって敵のしっぽはつかめないよ」
アーティはそう言って、怒りに震えているトウコを落ち着かせた。
「ベルさんも落ち着いて。ボクらが必ずプラズマ団からとりかえしてみせるから!」
アーティの優しい言葉にベルも、すすり泣きながら頷いた。
落ち着き始めた周囲を見て、アーティは話し始めた。
「ここ一週間で、急に起こりだしたポケモン強奪事件。プラズマ団が関係していることもわかって、ボクなりに調べてみたよ。まず、最近の事件発生場所を点で囲んでみたんだけど、そうしてみると、実はプラズマ団の出没している場所ってそんなにここから離れていないんだよね」
アーティが広げて見せたのはこの街の地図。地図上には、ポケモンが盗まれた場所が、赤い点で示されていた。よくみると赤い点は、中央公園の奥にも、住宅地にも飛び出ていない。
ほぼ円形につなぐことができる赤い点の場所は、どこも観光客やトレーナーで賑わう中心街だ。人混みが多いような目立つ場所。そんな場所でしか事件は起こっていないのがわかる。
「これって…ほとんど街中じゃないですか!ジムからだって近いし……あ!…」
そう言って、しまったと思った。
作品名:黒と白の狭間でみつけたもの (14) 作家名:アズール湊