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ハリー・ゴー・ラウンド②

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 彼は聖堂の最前列に座り、じっと父親の棺を見詰め話を聞いていた。
 右隣には彼と同じ年恰好の少年、その向こうに少年の母親。
 彼の左には誰もいない。
 彼は突然俯いたまま席を立ち、聖堂の袖に沿って出口に向かい歩いていった。
 説教台を前に話をしていた黒服の男は彼の背をちらりと見、一人の少年が彼の後を追うのを見届け、また聖書に視線を戻した。

 聖堂を飛び出し、すぐに見つけた赤毛の彼を少年が引き止めた。
 名前を呼ばれて足を止め、赤い彼はゆっくりと振り返る。
 鮮やかな青い髪が一番に目に留まった。
 「どこ行くの?」
 青い髪の少年は走りより、赤い彼の隣に並ぶ。
 赤い彼はまた歩き始めたが、構わず並行して足を進めた。
 「ニブルヘイム。」
 ぼそりと、しかしはっきりと聞こえた言葉に青い彼は目を見開いた。
 「はあっ!!!??? 何言ってんの!!!!!?」
 強く肩を掴み、無理矢理自分の方へ振り向かせる。
 振り返った彼は、泣き腫らした目で真っ直ぐ青い彼を睨み付けた。
 「そこにおやじがいるんだろ。だから行く。」
 「バッ・・・死ぬ気かおまえ!!??」
 直接的な意味でなく、間接的な意味合いを含んで青い彼は言う。
 赤い彼は鬱陶しそうに腕を振り払い、街の門の方角を指差した。
 「お前知らないの? ししゃの国に行ける道が見つかったって。生きたまま行けるんだって。」
 「バカ言うなよ、行く前に死んじゃうよ。すごい強いバケモノだらけだよ、ぷよっぷよのポリンなんか目じゃないんだよ。」
 友の必死の表情に、赤い彼は一瞬怯む。
 二人とも、街の外を徘徊する比較的大人しいモンスターから身を守るのが精一杯だった。
 初心者修練所を出たばかりの彼がニブルヘイムに行くなど、やる前から結果は見えている。
 しかし赤い彼にとっては、結果どうなろうと大した問題では無かった。
 「神様たちには必要じゃなかった。でも俺には、おやじも、母さんも、必要なんだ。だから、返してもらう。」
 「返して・・・って。無理だよ、だって。」
 帰るべき器が無い。
 言いかけて青い彼が口を噤む。
 黙ったまま、再び歩き出す友の腕を反射的に掴んだ。
 「選ばれた人は戻ってこれる。だけど、選ばれなかった人はなんなんだ?父さんも母さんもすごい鍛治屋だったんだぞ。そんなの勝手だ。」
 真っ赤に潤んだ目で青い彼を見詰め、悔しそうに口唇を噛む。
 どう答えたら良いか、青い彼には解らなかった。
 「俺は、神様なんかきらいだ。かばう神父様もきらいだ。助けるなんて言って、俺たちを、見捨てたんだ。」
 堪えきれず、溜まった涙がぼろぼろと雫になって落ちる。
 泣きながら、掴まれた腕を引き剥がそうと躍起になるが、青い彼はそれを許さなかった。
 赤い彼の恨めしげな視線を、酷く冷静に真正面から受け止める。
 「一人で行っても会う前に死んじゃうよ。大人に頼んでも絶対ダメって言うよ。
  会いたいなら本当に死ぬのが一番早いけど。でも、」
 青い彼は言葉を区切り、急に顔を歪めた。
 「でも、どうしても行くって言うなら俺ずっとお前を見張ってる。どこでも付いてく。トイレもだよ。」
 本気だよ、と付け足し、ぐっと手に力を込める。
 どこか間の抜けた事を、今にも泣きそうな顔で言う。
 彼に同調する様に赤い彼は徐々に顔を歪め、食う気かと思う程口唇を噛み締め俯いた。
 必死に息を吸う度、小さな悲鳴に似た声が何度も聞こえる。
 力の抜けた腕からは、体の痙攣と呻き声が直に触れる青い彼に伝わる。
 「トイレは、いやだ。」
 しゃっくりの合間に、ぼそりと呟く。
 彼を掴んでいた手がすっと離れ、代わりに長い赤い前髪を掻き上げ、耳に掛けた。
 子供の指が、滑り落ちる髪をまた掻き上げ、耳に掛ける。
 青い彼の母親が良くやっていた、優しく、宥める様な仕草だった。
 「お前が誰に嫌われたって、俺は絶対見捨てない。俺は、一生お前の味方だから。」
 顔を隠していた髪をどかされ、涙と鼻水に塗れた顔が晒される。
 赤い彼はそのままの顔で懸命に頬を釣り上げ、口を歪めた。
 不器用な笑い方だった。


作品名:ハリー・ゴー・ラウンド② 作家名:335