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刀語 第四話 薄刀『針』再現

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第四話 薄刀『針』 

 じりじりと。ゆらゆらと。
 母なる海の胎動と、太陽の放つ白光に挟まれながら。
 一振りの刀、鑢七花はとある感情をかみ締めていた。
 今までに感じたことのない、形容しがたき、名状しがたき感情を。
 人はこれをなんと呼ぶのだったか。
 普段から、感情の起伏に乏しいだの、常識が欠けているだのと主人であるとがめに散々と言われている七花なのだけれど、とがめとの三ヶ月間にわたるこれまでの旅路でそれを自覚してきていた七花なのだけれど、だからこそ今自分に芽生えてきつつある、根付きつつあるその感情を形容することが、名状することが、できないのである。
 胸中を、なにやらもやもやと圧迫していくその感情の正体が――わからないのである。
「――ちか! 七花!」
 先刻から耳元で響いている何やら鳴き声のようなものが、自分を呼んでいる主の声だと気づいた七花はようやく我に返った。
「何をぼうっとしているのだ! これから日本一の剣士との戦いへと臨もうとしているこの場面で! よもやそなた居眠りなどしていたのではあるまいな!」
 日本一。そう、彼はこれから日本一の相手と戦うのである。
 彼の雇い主であるとがめをかつて裏切り、四季崎記紀の完成型変体刀が一本「薄刀・針」の所有者となった、「剣聖」の称号を持つ日本最強の剣士。
 その名も錆白兵。その腕前は疑うことなくまごうことなく日本一。
 自分はその錆白兵と戦うために、決戦の舞台――巌流島へと向かう舟に揺られているのだった。
「悪い、とがめ。少々考え事をしていた」
 七花は主、とがめにそう謝罪した。舟には彼ととがめ、二人きりである。舟の舵取りは無論七花の役目だ。
「ほう、考え事か。珍しいことだな。そなたはあまりそういう類のことはしないように思っていたが」
「そいつは酷いな、とがめ。俺だって考え事くらいするさ」
「それは悪かったな。それで、何について考えていたのだ」
「……何か、胸がもやもやするんだ。その正体について考えていた」
「もやもや?」
 とがめは素っ頓狂な声を上げた。
「ああ。胸に何かが詰まってるような感じで、そいつが重くのしかかってくるんだ。深呼吸をしてみても出て行ってくれない。無駄に動悸は落ち着かないし、少し汗まで出てきやがる。とがめ。俺はもしかして何か病にでもかかってしまったのだろうか。だとしたらとがめの刀失格だ。こんな大一番に体調を崩しちまうだなんてな」
 それを聞いたとがめは、少し考え込むように指を額に当て、答える。
「七花。恐らくそれは病気などではない」
「じゃあなんなんだ?」
「そなた、ひょっとして緊張しているのではないか?」
「緊張? 俺がか」
「うむ。緊張、重圧。向こうの言葉で言えばぷれっしゃあだな。そうか、考えてみれば伝説の剣士との一戦。今まで戦ってきた中でも間違いなく最強の相手であろう。さすがのそなたも緊張の一つや二つするのやもしれんな」
 緊張……これが緊張というものなのか。思い返せば、俺は今まで戦いにまったくといって良いほど感情を持ち込んでいなかった気がする。しかし、俺はそれでいいと思っていた。勝負には勝敗以外の配慮はいらない。己はただ、一本の刀なのだから。
 だが、とがめと旅をするうち、刀の所有者と戦ううち、世界を知るうちにその己の中の常識が揺らいできているのを感じる。
 それが正しいことなのかはまだ分からないが――
「緊張……か」
「まあそう気に病むでない。そなたも剣士ならば、緊張を逆に飼いならしてやるがよい。『緊張感を持って物事に臨む』というように、適度な緊張は己の集中を高めるのだ」
「了解だ、とがめ。じゃ、気合も入ったところで今回の奇策を聞くとするかな。稀代の奇策士であるところのとがめは今回どんな奇策を思いついたんだ?」
「え? あー、うん。まあ頑張れ」
「……とがめ?」
「いや! 違うのだ! 策が思いつかなかった訳ではないのだ、決して! そもそも策の立てようがなかったのだー!」
「立てようがなかったって言われてもなあ」
「勝負における策とはつまるところ対策だ。相手を知り、出方を読むことで逆転への奇策へとつなげる。結局物をいうのは情報ということだ。だが、錆白兵についてはその情報がまったくといっていいほどに足りんのだ!」
「え? それはおかしくないか? だって相手は日本一の剣士なんだろ? 腕前が日本一というなら、それについての評判も大したものだろう」
「『評判』ならばな。だが、その評判しか入ってこないのだ。技の名前ならば分かる。『爆縮地』『逆転夢斬』『速遅剣』『刃取り』そして『一揆刀銭』。どれも名前だけが知れておる。しかし、その内容となると、全てが謎に包まれているのだ」
「なんでだ? 名前ばかり有名というのもおかしな話じゃないか」
「無論、その技を受けたものは、残らずこの世を去っているからに決まっておろう」
「いやいや、それでもおかしいだろう。とがめは以前錆を雇っていたんだろう? その実力はよく知るところのはずだろうに」
「……あいつは私の前で技など見せなかったよ。何せ、そこらの雑魚などやつには枯葉同然。刀を適当に振るうだけで散っていったのだ。いやしかし、もしかしたらその頃から――『針』を手にいれ刀の毒に侵される前から、私を裏切る算段をつけていたのやもしれぬ。いずれ敵対するであろう者に、手の内は見せたくないだろうからな」
「成る程、な」
「さらには今回、私たちは果たし状を叩きつけられた。真っ向勝負を挑まれたのだ。相手の様子見や情報収集をする暇がなかったのだ。まあ、前々から諜報を出してはいたがな。全て一通り切られてしまったよ。果たし状を渡された間諜も戦う場面は見ていないという。やはり意識して避けているのだ。奴は」
「果たし状にはそういう意図もあったのかもしれないな。俺たちが本格的に錆対策を練り始める前に、という」
「かもしれぬ。だから今回の戦いは、相手の出方に逐一対応していく形になるな。私も戦いの最中、出来るだけ奇策を練ってみる。戦闘中に作戦会議のできる余裕があるかは怪しいが……」
「あ、じゃあとがめ。これはどうだ? せっかく今回の戦いの舞台がかの有名な巌流島なんだ。あの有名な二刀流のとった作戦をとりいれてみるってのは」
「無理だな」
「なんでだよ?」
「この果たし状。日にちだけで時刻が書かれておらぬ」
「あー……」
「さらに言うなら、そなたでさえ知っている作戦だ。無論剣士であるところの錆も知っていよう。敵にばればれな奇策など、なんの価値があろうか」
「だよなー」
「だがまったくの無策というわけでもない。本当に一度限り。一回こっきりの奇策中の奇策ならばないでもない」
「へえ、どんなのだ?」
「それはな――」

「え? 本当にそんなことしていいのか?」
「だから言っただろう。一度限りだと。それも追い詰めに追い詰められたときしか使ってはならん」
「そうだな。俺も余程のことが無ければそんなことをしようとは思わないな」
「くれぐれも不用意に使うなよ? お、見えてきたぞ」
「巌流島だ」


 巌流島。それは『島』というにはいささか殺風景な場所だった。
 海に面してはいるが砂浜はなく、直接岩盤が海へと低くせり出している。