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刀語 第四話 薄刀『針』再現

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 草木の類は殆どといっていいほどに存在せず、地形も基本平坦だ。まるで自然のつくりたもうた決戦場そのものである。
その海岸に一人の人影があった。
巌流島に近づいていくにつれ、その人影は徐々に輪郭を帯びていく。
 ゆらりゆらりと空に漂う白髪。剣士としては華奢な体つき。そして、どこにも無駄な力の入っていない理想的な立ち姿。その男の姿をとがめと七花が認めた刹那――

 世界が、割れた。

 
 奇策士とがめは痛感する。
 正直、油断していた――と。
 だが、誰が予想し得ようか。
 まさか果たし状を送ってきた側の人間が――日本一の剣士である錆白兵その人が――
 戦闘前の名乗りもあげずに、半ば奇襲が如く攻め込んでこようなど!
 その凄まじい剣圧で海を裂き、現れた地表を駆けて切りつけてこようなど!
 ああしかし。だがしかし。
 ここ数ヶ月、七花と過ごしてきて感じたことを振り返ってみれば、これは必然ではないか。
 強者との戦いに価値を見出し、それを最重要事項におく。地位も身分も、金も女も全ては二の次。戦士とは、剣士とはどうしようもなくそういう生き物なのだ!
 今の特攻も錆当人には奇襲のつもりなどさらさらなかろう。そう、奴はただ単に――

「虚刀流七の構え『杜若』!」

 傾いた舟の床に指をつき、不自然なまでの前傾体勢をとる。後の世でクラウチングと呼ばれるその構え『杜若』は虚刀流において、主に居合いの迎撃に用いられる構えだ。現に二ヶ月ほど前に、この構えを用いて斬刀『鈍』の所有者である宇練銀閣と相対したことは記憶に新しい。 突進してきた錆を認めた瞬間、七花がその構えを迷うことなく選択したのは、錆の突撃の速さが居合いに匹敵していたからに他ならない。
 舟から、音すらも置いていくかのような速度で飛び出し、一閃。
燦燦と降り注ぐ太陽の光が作り出した二人の影が一瞬だけ交差する。
虚刀流と全刀流。四季崎記紀の作り出した二本の「刀」は今――交わったのであった。

未だむき出しとなっていた地表に二人は着地した。自然の摂理、物理の法則に基づき、むき出しになった地表は次々と波に占領され、元の海へと戻っていく。
一閃、二閃、三閃。
体勢と整える暇も与えずに錆白兵の剣閃が空を薙ぐ。
七花はそれをやや大振りな動きでかわしていく。
美しさと脆さを主眼に置いた刀、薄刀『針』。その薄さ故に刀が透けて見えるという文句はまさしくその通り。淡く水色がかったその刀身は海と空を背景に溶け込み、七花に正しい間合いを悟らせない。決して四季崎はこれを狙った訳ではないのだろうが……それでも、刀を持たぬ剣術、虚刀流にとってはこの上なく厄介だった。
攻撃をいなしつつ、追ってくる波から逃れつつ、二人は陸へと移動する。今回の戦場、巌流島へと!
「我慢しきれなかったって訳かよ! 日本最強!」
 海岸に着地してもなお、二人の攻防は続く。
 一度間合いを測るため、七花は海岸に突き出ていた巨岩に回りこんだ。
「おいおい、それが分かっているのなら、小細工など弄してくれるなよ。虚刀流!」
 閃。
 七花の目の前にあった巨岩は瞬時に四散した。
「なっ!」
 舐めていた訳ではないはずだ。むしろ警戒すらしていたはずである。
 何せ緊張という、いまだかつて味わったことのない感情まで経験したのだから。
 だが、それでもこれは想定外だ。
 今まで戦ってきた相手とは実力がまったく違う!
「へへっ」
 思わず震えと笑みがこみ上げてきた。そしてそのことに、七花は心底安堵した。笑みが出るのならば、相手の力量に喜ぶことができるのならば――自分はまだ剣士だ。
「虚刀流『菖蒲』!」
 十分な助走によって加速された神速の手刀が錆へと放たれる。

『針』はこの上なく脆い刀。つまりは相手の攻撃を「受ける」ことができない。相手が刀を振る余裕を持たせずに攻めればそこに勝機はある! 七花はそう考えていた。
 だが――それは甘すぎる考えだったと断ぜざるを得ない。
「――『逆転夢斬』」
「なっ!」
 七花の手刀は見事なまでに受けられていた。錆白兵の両の手に握られた、刀の柄と鞘に挟まれて!
「鞘と柄尻で――白羽取りだとっ!」
脆い刀身を持つ『針』を補うための技か……いや、違う!
先日とがめと交わした会話を思い出す。「恐らく奴は受け太刀などしたこともあるまいよ」と。
この技は受け技ではない! 攻撃だ!
 刀を持ったままでの受けだからそのまま攻撃が繋げることが――!
「ぜあっ!」
 逆手に持った針を七花の腕に滑らせるが如く振るう。攻防一体。敵の攻めを無力化し、一方的に攻撃する。戦いにおけるセオリーを凝縮したかのような技だ!
「くそっ!」
 次の瞬間、七花の体は後方へと派手に吹き飛んだ。
(後ろに飛んで攻撃を避けようとしただけなのに……!)
 七花はそこまで大きく飛んだつもりはない。
 錆白兵の凄まじい剣撃による余波によって、後ろへと吹き飛ばされたのだ。
「本当に今までとは強さの水準が違う!」
 なんとか空中で姿勢を制御しようとした七花の耳に、その声は届いた。

「しちかぁ――!」

 生来、半ば野生児が如く育ってきた七花。
 そんな生活の生み出した、人間離れした視力は確かにその光景を捉えていた。
(――鮫!?)
 自らの主、とがめへと飛び掛る海の猛獣の姿を。
 無論、七花とてとがめのことを完全に失念していたわけではない。だが、とがめが別にカナヅチではないということは知っていたし、巌流島まではさほど距離もない。とがめならば特に支障もなく陸へと泳ぎ着けるだろうと算段をつけていたのだ。だが、まさかこんな予想外の支障があろうとは……!
(いや言い訳はよせ! 俺は剣士としては終わっていなかったが刀としては失格だ。一本の刀であるなら、真っ先に主を気にかけなければならなかったというのに!)
 そんな七花の後悔を意にも介さず、慣性は仕事をし続ける。宙に浮かんだ七花の体は、錆白兵の剣圧による力を今も保持したまま後ろへ後ろへと運ばれていく。この法則だけは、如何に優れた身体能力をもっていようと覆すことはできない。
 だが無常にも獰猛な海の獣はその顎門を止めようとはしない。突如目の前に現れたお誂えのランチだ。お預けなど彼らの脳内には存在しないのだ。
「ちくしょう! とがめぇ――!」
 石灰色の牙が、か弱きとがめの体に突き立てられんとしたその瞬間――

「――『速遅剣』」

 とがめの視界は、真っ赤に染まりきった。
 初めは自分の血だと思った。見るもおぞましき鮫の大顎が自らの胸を食い破ったのだと。
 ところが、いつまで待っても痛みがやってこない。来るはずの激痛が、死への足音が、やってくる気配が微塵もない。
 打ち寄せた海水がとがめの顔を洗う。赤く染まっていた目が空と海の蒼さを感知する。
 そうして、とがめは今起こったことの実態を知ったのだ。
 自分の目の前で鮫が真っ二つに切断されたということを。
(七花か? 否! 七花がこんな芸当ができないことなどこの数ヶ月でわかりきっている。では消去法だ。錆白兵。これは奴の仕業だ。あやつ、刀の間合いを自在に操ることができるのか!)