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刀語 第四話 薄刀『針』再現

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 小声で囁かれた錆白兵の呟きは、巌流島を駆ける風にかき消され、七花のもとには届かなかった。
(これで――決めるっ!)
 目の前には、居合いを外したことで大きな隙を晒した錆の体がある。
「虚刀流最終奥義! 『七花――」

 ぞくり。

 恐怖が。
 この戦いで得た鋭敏なその感覚が、再び七花に去来する。
 脳ではなく脊髄の反射が、七花の眼球を動かす。
 先ほど錆白兵の居合いが空を斬ったその空間が――ずれている。
(居合いと『薄刀開眼』の発動を――同時に――)
 去来した恐怖が全身を伝わりきるより――それより速く! 七花は横へと全力で跳躍した。
 地面を無様に転がりながら、背後で衝撃が炸裂するのを感じる。
「か――げはっ!」
 全身に走る痛みを堪えながら、どうにか体勢を立て直す。奥義による自傷と連続打撃による負荷によって、七花の体力と身体は限界に近づいていた。
(あいつは――錆白兵はどこだ!)
 気配を辿りつつ表をあげると上空へと跳躍した錆の姿が目に入った。
 間違いなく限定奥義『薄刀開眼』を使ってくるだろう。
 あの広範囲爆撃を今の体でかわしきれるかと言うと、正直危うかった。
(ならもう――かわさない)
 覚悟を、決めろ。
 足を肩幅まで広げ、両の開手を顔の前へと掲げる。
 全身の力を抜き、呼吸を整える。
「虚刀流三の構え『躑躅』」
 身体の状態を鑑みても、これが最後の攻防。
 この構えに全てをかける!
 大地を爆砕させるほどの衝撃を纏って、錆白兵は一直線に七花へと斬りかかる!
「鑢――しちかああああああああああっ!」
 目を見開き、大口を開けながら、錆白兵は叫んでいた。
 静かな瞳の奥に闘志を隠していた先刻までの錆白兵の面影はもう微塵もない。
 そこにいたのはあふれ出る闘気をむき出しにした一人の戦士だった。
「錆――はくへえええええええええいっ!」
 その気迫に負けないように――怖じないように――七花も叫ぶ。
 感情をむき出しにして、激情をさらけ出して、胸の奥に滾る熱い何かを――叫びとともに迸らせる。
  
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 熱く燃ゆる二つの魂の叫びが今――同調した。
 

 今にも錆白兵と衝突せんとするその刹那――鑢七花の脳裏をとある景色が煌く。
 それは回想。
 それは記憶。
 それは――思い出。
 今は亡き父、鑢六枝にこの構え『躑躅』を伝授された日の記憶だ。
 父は言った。
この構えは『受け』る為の構えではない。『流す』為の構えなのだ、と。
 力を受け流し、勢いを受け流し。
 世界をも受け流すことのできる構えなのだと。
 流せ、七花。
 お前にもきっと来る。
 受けることもかわすこともできない、途方もないほど膨大な――巨大な力に 押しつぶされそうになる時が――きっと来る。
 その時は受け流すのだ。
 受けず、避けず。
 全てを他方へと受け流すのだ。
 このたゆたう、海のように。
 父は――確かにそう言った。
 その父の教えを七花は――今更のように思い出したのだった。


「俺の――勝ちだ。錆白兵」
 虚刀流、鑢七花の両手は、錆白兵の手首を掴み、捕らえていた。
 今度は刀を投げたりなどできぬよう、両の手首をしっかりと。
 錆白兵と共に去来するはずだった、次元のずれによる衝撃波は、しかし七花の体へと届いていない。
 その衝撃は、虚刀流三の構え『躑躅』によって、見事に受けきられた。
 否。受けきったという表現は決して適切ではない。
 彼は全ての衝撃を受け流したのだ。
 虚刀流三の構え『躑躅』は只の対空迎撃用の構え――七花はついさっきまでそう思っていた。
 しかし、『薄刀開眼』を放とうとする錆白兵の姿を認めたとき、七花は自然とこの構えを選択していた。
 そして衝撃波が伝播するその瞬間、その衝撃を受け流し始めたのだ。
 素早く回転する手首が、地を砕くほどの衝撃を、搔き分け――逸らし――分散する。
 中国拳法において『化頸』と名称されるその動きによって、錆白兵の奥義は見事に受け流されたのである。
 つまるところ、体はすでに知っていたのだ。
 この構えの本当の使い方を。
 衝撃を、敵の攻撃を受け流すという使用方法を。
 手首を掴まれた錆白兵は微動だにしない。
 負けを悟ったのか、それとも奥義の連発で抵抗する気力もないのか。
 ただ、彼は少しだけ微笑んで――言うのだった。
「ああ――お前の勝ちだ。鑢七花」――と。

「虚刀流奥義『百花繚乱』」

 大地の力を利用した渾身の膝蹴りが、錆白兵の体を貫いた。
 がくり、と。錆白兵は膝から崩れ落ちる。
 刀を、薄刀『針』を折らぬよう、七花は錆白兵の手から薄刀を受け取る。
 ほんの少し振っただけで砕けてしまいそうなその刀は、本当に羽毛のように軽かった。
「――かはっ」
 口から飛び出た血が錆の白い肌と、絹の着物を染めていく。
 深く傷つき、疲れきっていた七花の体では、やはり完全に奥義を打ち切ることは不可能だったのだろう――錆白兵にはまだ息があるようだった。
「く……くはは、これが『敗北』か――これが『負け』か。初めて……味わうが、中々に悔しいものにござるな……」
 しかし最早虫の息といったところで、もうながくはないのは、誰の目にも明らかだった。
「錆白兵……俺は、剣というものに、剣士というものに始めて恐れを抱いた。初めて『死』を恐ろしいと思った。あと十回戦えば、十回とも、お前のように地に伏して血を吐いているのは俺だっただろう」
 心の底からの言葉だった。錆白兵という剣士に対して、人間に対して、七花は尊敬といえるものすら抱いていた。
「くく……くくく、そう……褒めるでない、虚刀流。拙者は所詮……出来損ないの失敗作でござる。『四季崎の遺品』……『記紀の血統』の貴行と……比べれば、な」
「『四季崎の遺品』? 『記紀の血統』? 変態刀の作者と俺に何か関係があるのか!?」
 突如錆の口から出た思いもよらぬ名前に、七花の語気が強まる。
「……さあてな。そこは自ら知るといいでござる。別に……心配せずとも……おのずと……」
 彼の声が、徐々にか細く、小さくなっていく。錆白兵という一人の人間が――命の灯火が今消えようとしていた。
「なあ……虚刀流……」
「……なんだ?」 

「拙者に…………ときめいた……か?」

 たった一つの質問を、仇敵へと投げかけ――一振りの刀、錆白兵はこの世を去った。
 
「ああ。ときめいたさ。ただし、俺も言った筈だぜ」

「その頃には――あんたは八つ裂きになってるだろう、ってな」

 卯月の柔らかな風が、巌流島に吹きすさぶ。
 温もりと――ほんの少しの冷たさをはらんだその風の音は。
 まるで死者を慰める鎮魂歌のようだった。