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ブロークン・ウイング

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 地下の薄暗い牢獄は、饐えたような悪臭が漂い、時折、奥の方から世を呪うようなうめき声が聞こえる。
 押し殺すような憤怒と、押し隠された絶望が支配するこの牢は、ピドナ王宮の西側に建つ塔の下にある。
 塔全体が国家的牢獄であるこの場所は過去に、謀反を企てた卿や、捕らえられた他国の諸侯などが幽閉されていた歴史を持つ。そのため上階はそれなりの地位を考慮した造りになっているが、地下牢は小さな空気孔と、冷たい石の床の上に筵が一枚敷いてあるだけの、悲惨な場所であった。今は長く続く内乱によって国が乱れ、各地で起こる暴動などの首謀者が詰め込まれている。
 入り口に近い独房の中に、銀色の髪の男が入れられていた。
 両腕は枷から延びた鎖で高く吊られ、左右の足には重い鉄球をつけられて、他の入獄者と比べてもひときわ厳重な監視下のもとにある。
 うなだれていた男は、疲労の色が濃くにじみ出ている顔をかすかに上げた。
 重々しく軋む音と共に弱い光が差し込まれ、階段を下りる数人の足音が牢獄内に響き渡ったのだ。
 硬質な足音は男の檻の前で止まり、鍵が開けられた。
 鉄の格子を抜けて中に入ってきたのは、輝かしい鎧を着けた男たちを従えた、背の高い男であった。男は手に持った乗馬鞭を指先で軽くしならせながら、つながれている男の顔を覗き込む。洗練された優美な仕草だが、冷たい高慢さを感じさせるその顔には、あざけるような笑みが浮かんでいる。
「ピドナの守護神とまで称えられた男が、ひどい待遇だな。しかし、仕方あるまい。君は優れた戦士であると同時に、恐るべき威力を持った術士であると聞く。用心に越したことはないだろう」
 銀色の髪の男は無言で男をにらみつける。疲れ切っているようでも瞳は強い輝きを失っていない。不遜ともいえる沈着な態度の中、瞳だけが燃え上がるような激しい怒りをたたえていた。
 鞭を持った男は、男ににらみつけられてもまったく動じることなく言った。
「シャール、君はもっと物分かりのよい男だと思っていたのだが。……実に、残念だ」
 言葉とは裏腹に、軽蔑するように口の片側をゆがめて微笑みながら、面白そうに付け加える。
「もっとも、その忠義心に敬意は表するがね」
 銀髪の男――シャールは、黙ったままリブロフ軍団長ルートヴィッヒをにらみ続けていた。
 リブロフの軍団長が近衛軍団の攻撃隊長を牢獄に捕らえている。それは王都ピドナの情勢を明白に示している。
 ルートヴィッヒは持っていた鞭を、シャールの首のつけねに当てた。
「しかし、メッサーナ最強と恐れられた近衛兵団が、これほどまでにあっさりと我が軍に屈するとはな」
 ようやくシャールは口を開き、吐き出すように言った。
「卑怯な手を使っておいて、臆面もなくそういうことがよく言えるものだな」
 ルートヴィッヒは鞭を滑らせてシャールの顎に当て、鼻で笑った。
「反則だ、とでも言うつもりか?」
 鞭でぐい、とシャールの顔を上げ、続ける。
「子供の遊戯でもあるまいし、シャールともあろう男がつまらんことを言ってくれるなよ」
 顎を上げられたままシャールは、見下すようにルートヴィッヒに言った。
「王座をかけた戦いだったのを忘れたか。汚い手で勝利を収めた男に誰がひれ伏すものか。暗殺などという卑劣な手段で勝った男など、軽蔑されるのが落ちだ」
 顔色一つ変えず、ルートヴィッヒは鞭でシャールの頬を打った。びしり、という重い音が辺りの空気を切り裂く。
 見る間にシャールの浅黒い頬に、細い鞭の跡が赤く浮かび上がる。シャールの横面に、落ち着き払った口調でルートヴィッヒは言った。
「勝った者が正義を手にする。歴史はそうやって作られてきたのだ」
「ああ、貴様の悪名は後世にまで残るだろう」
 間髪入れずに返したシャールの言葉にルートヴィッヒは軽く眉を上げ、肩をすくめながらかすかに息を吐いた。後ろで控えている者に鞭を投げ渡し、背中を向ける
「悪名が残るのはおまえの方だ。兵を置き去りにして戦場を逃げ出した、卑怯者としてのな」
 言いながら腰の剣を抜き払い、振り向きざまにルートヴィッヒの剣は、高く吊られたシャールの右腕の二の腕の内側に深々と突き刺さった。
 ルートヴィッヒは、うめき声を飲み込んだシャールを侮蔑の表情で見つめながら剣を抜き、軽く振って血のりを落とした。袖なし上着から伸びたむき出しの腕から、真っ赤な鮮血があふれて床に落ちる。
「だが名誉に思え。これがおれなりの、おまえの強さへの敬意だ」
 冷笑と共にそうつぶやいたルートヴィッヒは、最後に一瞥を与え、今度こそ本当に牢獄を後にした。

作品名:ブロークン・ウイング 作家名:しなち