連続する愛
1
両親がいないことと義務教育を満了していない時期から既に就業していたことを除けば、割と不自由なく生きてきたと思う。この時期から既に開始されているアカデミアへの入学申し込みも、両親の知人である鮫島校長が代行して手続きをしてくれたし、生活する為の金はどこからか十代の持つ唯一の口座に、十三万が毎月振り込まれていた。その十三万を間違いなく両親が振り込んでいたとして、それが生活する上での最低限度の金額なのか、はたまたそれなりに余裕のできる金額なのかは十代に判断がつかなかった。何しろ遊城家として残されたマンションの一室に住んでいたのは十代ひとりではなく、十代と血を分けた双子の弟、覇王と合わせた二人だったからである。
覇王は色が白く、少女のように脆弱なからだつきをしていた。思春期にさしかかった頃にも、十代のように態度不良な生徒になることもなかった。
日々身体が成長していく双子に対して、どこにいるかもわからない両親がしたことと言えばいつまでも同額の仕送りじみた金のみだったし、連絡先も知らされていない十代と覇王にすれば怒りや不満をぶつける相手も互いの他にはいない。それでもたったふたりの家族であった。十代も覇王も互いを愛しみながら、アカデミアへ思いを馳せた。
かのデュエルアカデミアへの受験はふたりが小学生のときに両親が勧め、彼らが姿を消したこの期に及んでも、学費保険の積立が為されていた。けれどもその時の関心というと専ら明日の食い扶持で、十代自身も困り果てていた食欲もそのひとつであった。成長期の男子ふたりで成り立たせていかねばならない生活。覇王は気を遣っていたのかいないのか、あまり食事を摂らなくても倒れたりすることはなかったが、日常的に行っていたアルバイトや部活動のせいで、十代は普段から空腹に耐えていた。けれどもたったひとりの家族と自身の為に始めたアルバイトのおかげで、少しずつではあるがリビングに菓子を置いておくことも、デッキに必要なカードを買い揃えることもできるようになってきていた。たったそれだけで自分たちは案外不自由なく生きているのだ、という風に考えて過ごすことができたのだ。
母親は十代を愛していたように思うが、恐らく覇王のことを疎んでいた。時々覇王はものの見方がネガティブだと同級生に指摘されることがあり、実際それは本当のことなのだが、自身について何かを言われること自体を好まなかった。ある日の早朝、夏季休暇中の補講へいくため朝食を摂っていた十代へ、覇王は無感情に言った。
「殺してしまえばいい」
文脈はなかった。けれども十代にはそれがあたかも当然のことのように聞こえた上、それを母親と父親、つまり両親のことを言っているのだと理解できた。
「朝からなに物騒なこと言ってんだよ」
「ふん、おまえこそ呑気に飯を食っている場合ではないだろう。次の振り込みまで半月もあるのに、残高は一体いくらになっている? それに、給食費をあんなに滞納しているとは思わなかった」
ぎくり。十代はトーストにバターを塗る指先の動きを止めると、油の挿されていないブリキのおもちゃのように、キッチンに立つ覇王のほうへと首を動かした。
話を聞くと今月の上旬に覇王が支払いをした給食費の額は、先月と先々月に滞納していたせいで、なんとなしに家計を圧迫していたのだ。十代はいつまでも支払う気がない為、覇王はこうして時々キャッシュカードを使ってその分の金を引き落としては、学校へと持ち出していたのだという。
「悪かったって!」
「最近やけに羽振りが良いからおかしいと思っていた。おれのデッキにマリシャスエッジが二枚入っている。贋作か?」
「うっ…。バイトもしてるしそれくらいいだろ。それにさ、来月は八月、だし」
ばつが悪そうに十代はもごもごと口を動かしたが、結局何も言わずじまいだった。それでも覇王には何となく伝わった。覇王の誕生日のことを兄は気にしている。
といっても覇王と十代のそれは紛うことなく八月三十一日と、まったく一緒であるのだが。
それに気づいていないふりをすると、覇王は洗い終えた皿を購入したばかりの乾燥機に並べた。覇王が家事をするのは本当に珍しいことで、普段は十代が掃除洗濯食事の用意、公共料金の支払いをしている。ただ今日はたまたま十代が寝坊し、運悪く卒業を左右する試験の追試ともあれば、覇王も動かざるを得なかったのだ。
「ごめんな」
並べる作業を黙々とこなしていると、覇王が不機嫌と思ったのか十代が申し訳なさそうに眉を下げる。
「皿割らないんだな、今日。よかった」
「…」
「俺が学校行ってる間もさ、なんかあったら電話してこいよな。別に卒業出来なくていし、出来ないとか多分無いし。あ、あと勝手にどっか出かけるなよ。メール入れるとかヨハンと行くとか、そうしてくれ。…それから、なんだろ、車に気を付けるんだぞ。事故にあっても病院にかかる金もろくにないからさ」
トーストのみみを食べ終えた十代は勢いよく立ち上がると、まくしたてるようにして覇王に言い聞かせた。かれこれ数年、物心ついた頃から同じようなことを言われているので覇王も生返事を返す。でも十代がこれらを繰り返す意味も訳も、きちんと知っていた。覇王の情緒が不安定になることで今まで沢山の物体が壊れてきた。身近にいた嫌悪の対象が死に至ったこともあった。十代はそれらの後処理をして、覇王のことをいたわってきている。皿のことについても、触るだけで欠け、割れるのは覇王にとって常であったせいに違いなかった。
2
間違いなく同じ両親から生まれた一卵性双生児にも関わらず、どうしてこう、おれと覇王には成績の差ができるのだろうか。
補修授業を終えた十代はすっかり太陽のおちた夜道を歩きながらひとり呟いたが、当然誰も返事をしたりはしない。残念なことに十代には勉学と恋愛のセンスがなく、はたまた成績優秀な覇王には自活力という、抽象的だが生きていくうえでは無くてはならないものが欠けていた。こうも補い合っているようなそうでないような不自然極まりない形で生活している双子というのは、漫画以外ではよくあるものなのかもしれない。
十代と覇王はふたりとも同じ中学に通っている。都心近くのマンション群の一室がいわば彼らの城であり、そこから学校へ通うときには普段電車を利用していた。電車から四駅の距離には大体二十分ほどの時間がかかり、ふたりは漫画や小説などの読書に励み、小声でカードのことを語り、時にはイヤホンをひとつずつ付けて音楽を聴いた。十代も覇王も歌番組には興味がなく、流行の曲にはなんとなく疎いのだけれど。
そんなように変わらない毎日のことを考えながら今日はひとりで電車に乗ってきた十代は、恐らく等間隔で設置されているであろう電灯の光を横目にポケットの中を弄った。先週に買ったばかりの黒いスマートフォンは覇王と揃いのものである。そのことに若干気を良くしながら携帯の画面に電源を入れた。
先程も確認したせいか、誰からもメールは来ていない。着信もない。それは多分、普通のことなのだと思う。
両親がいないことと義務教育を満了していない時期から既に就業していたことを除けば、割と不自由なく生きてきたと思う。この時期から既に開始されているアカデミアへの入学申し込みも、両親の知人である鮫島校長が代行して手続きをしてくれたし、生活する為の金はどこからか十代の持つ唯一の口座に、十三万が毎月振り込まれていた。その十三万を間違いなく両親が振り込んでいたとして、それが生活する上での最低限度の金額なのか、はたまたそれなりに余裕のできる金額なのかは十代に判断がつかなかった。何しろ遊城家として残されたマンションの一室に住んでいたのは十代ひとりではなく、十代と血を分けた双子の弟、覇王と合わせた二人だったからである。
覇王は色が白く、少女のように脆弱なからだつきをしていた。思春期にさしかかった頃にも、十代のように態度不良な生徒になることもなかった。
日々身体が成長していく双子に対して、どこにいるかもわからない両親がしたことと言えばいつまでも同額の仕送りじみた金のみだったし、連絡先も知らされていない十代と覇王にすれば怒りや不満をぶつける相手も互いの他にはいない。それでもたったふたりの家族であった。十代も覇王も互いを愛しみながら、アカデミアへ思いを馳せた。
かのデュエルアカデミアへの受験はふたりが小学生のときに両親が勧め、彼らが姿を消したこの期に及んでも、学費保険の積立が為されていた。けれどもその時の関心というと専ら明日の食い扶持で、十代自身も困り果てていた食欲もそのひとつであった。成長期の男子ふたりで成り立たせていかねばならない生活。覇王は気を遣っていたのかいないのか、あまり食事を摂らなくても倒れたりすることはなかったが、日常的に行っていたアルバイトや部活動のせいで、十代は普段から空腹に耐えていた。けれどもたったひとりの家族と自身の為に始めたアルバイトのおかげで、少しずつではあるがリビングに菓子を置いておくことも、デッキに必要なカードを買い揃えることもできるようになってきていた。たったそれだけで自分たちは案外不自由なく生きているのだ、という風に考えて過ごすことができたのだ。
母親は十代を愛していたように思うが、恐らく覇王のことを疎んでいた。時々覇王はものの見方がネガティブだと同級生に指摘されることがあり、実際それは本当のことなのだが、自身について何かを言われること自体を好まなかった。ある日の早朝、夏季休暇中の補講へいくため朝食を摂っていた十代へ、覇王は無感情に言った。
「殺してしまえばいい」
文脈はなかった。けれども十代にはそれがあたかも当然のことのように聞こえた上、それを母親と父親、つまり両親のことを言っているのだと理解できた。
「朝からなに物騒なこと言ってんだよ」
「ふん、おまえこそ呑気に飯を食っている場合ではないだろう。次の振り込みまで半月もあるのに、残高は一体いくらになっている? それに、給食費をあんなに滞納しているとは思わなかった」
ぎくり。十代はトーストにバターを塗る指先の動きを止めると、油の挿されていないブリキのおもちゃのように、キッチンに立つ覇王のほうへと首を動かした。
話を聞くと今月の上旬に覇王が支払いをした給食費の額は、先月と先々月に滞納していたせいで、なんとなしに家計を圧迫していたのだ。十代はいつまでも支払う気がない為、覇王はこうして時々キャッシュカードを使ってその分の金を引き落としては、学校へと持ち出していたのだという。
「悪かったって!」
「最近やけに羽振りが良いからおかしいと思っていた。おれのデッキにマリシャスエッジが二枚入っている。贋作か?」
「うっ…。バイトもしてるしそれくらいいだろ。それにさ、来月は八月、だし」
ばつが悪そうに十代はもごもごと口を動かしたが、結局何も言わずじまいだった。それでも覇王には何となく伝わった。覇王の誕生日のことを兄は気にしている。
といっても覇王と十代のそれは紛うことなく八月三十一日と、まったく一緒であるのだが。
それに気づいていないふりをすると、覇王は洗い終えた皿を購入したばかりの乾燥機に並べた。覇王が家事をするのは本当に珍しいことで、普段は十代が掃除洗濯食事の用意、公共料金の支払いをしている。ただ今日はたまたま十代が寝坊し、運悪く卒業を左右する試験の追試ともあれば、覇王も動かざるを得なかったのだ。
「ごめんな」
並べる作業を黙々とこなしていると、覇王が不機嫌と思ったのか十代が申し訳なさそうに眉を下げる。
「皿割らないんだな、今日。よかった」
「…」
「俺が学校行ってる間もさ、なんかあったら電話してこいよな。別に卒業出来なくていし、出来ないとか多分無いし。あ、あと勝手にどっか出かけるなよ。メール入れるとかヨハンと行くとか、そうしてくれ。…それから、なんだろ、車に気を付けるんだぞ。事故にあっても病院にかかる金もろくにないからさ」
トーストのみみを食べ終えた十代は勢いよく立ち上がると、まくしたてるようにして覇王に言い聞かせた。かれこれ数年、物心ついた頃から同じようなことを言われているので覇王も生返事を返す。でも十代がこれらを繰り返す意味も訳も、きちんと知っていた。覇王の情緒が不安定になることで今まで沢山の物体が壊れてきた。身近にいた嫌悪の対象が死に至ったこともあった。十代はそれらの後処理をして、覇王のことをいたわってきている。皿のことについても、触るだけで欠け、割れるのは覇王にとって常であったせいに違いなかった。
2
間違いなく同じ両親から生まれた一卵性双生児にも関わらず、どうしてこう、おれと覇王には成績の差ができるのだろうか。
補修授業を終えた十代はすっかり太陽のおちた夜道を歩きながらひとり呟いたが、当然誰も返事をしたりはしない。残念なことに十代には勉学と恋愛のセンスがなく、はたまた成績優秀な覇王には自活力という、抽象的だが生きていくうえでは無くてはならないものが欠けていた。こうも補い合っているようなそうでないような不自然極まりない形で生活している双子というのは、漫画以外ではよくあるものなのかもしれない。
十代と覇王はふたりとも同じ中学に通っている。都心近くのマンション群の一室がいわば彼らの城であり、そこから学校へ通うときには普段電車を利用していた。電車から四駅の距離には大体二十分ほどの時間がかかり、ふたりは漫画や小説などの読書に励み、小声でカードのことを語り、時にはイヤホンをひとつずつ付けて音楽を聴いた。十代も覇王も歌番組には興味がなく、流行の曲にはなんとなく疎いのだけれど。
そんなように変わらない毎日のことを考えながら今日はひとりで電車に乗ってきた十代は、恐らく等間隔で設置されているであろう電灯の光を横目にポケットの中を弄った。先週に買ったばかりの黒いスマートフォンは覇王と揃いのものである。そのことに若干気を良くしながら携帯の画面に電源を入れた。
先程も確認したせいか、誰からもメールは来ていない。着信もない。それは多分、普通のことなのだと思う。