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連続する愛

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覇王は今どうしているだろうか。今日はどこにも出掛けていないのだろう、何も問題は起きていないのだろうとどこかほっとしたのも束の間、十代は言いようのない、けれども底知れぬ違和感で目を見開いた。こんな日は早く帰ってテレビを点けながら覇王とデュエルでもして、明日の昼からバイトに行くのだし、風呂に入ってから寝てしまえばいい。
(なにも起きない。起きるはずがない)
 十代は帰路を急いだ。マンション群が遠目に見えてくるがどこも電気がついていて、遮光でない世帯の窓はカーテンの色によってカラフルに見えた。
(おれが、ついている)

 荒いコンクリートの通路は夏だというのにひやりと冷たく、靴音もどこか硬質に聞こえてくる。築十数年ではあるがそこまで汚れてきたないマンションでないのも、初老の管理人が掃除をきちんとしているからだろうか。しかし彼ももう帰宅したのであろう、管理人室にはまったく電気がついておらず、人のいる気配すらなかった。
 遊城家として存在しているのは三階の三○一号室で、建ったばかりの頃はそれなりに高級なマンションだったらしい。それが伺えるのはエレベーターがついていることと、家賃の金額だ。四万八千円。正直ワンルームでこの値段だったのなら、十代はすぐにでも引っ越すことを選んだろうなと思った。無論、覇王に一部屋の十代に一部屋、それからリビングという満足のいく間取りではあるのだが。
 十代はエレベーターという手段は滅多に使わない。それは覇王と常に一緒にいるからで、例えば覇王の力で故障し、動かなくなられると長い時間足止めを食うからだった。そうなったことは今のところないのは、十代も覇王も元々好きな乗りものとは言えなかったからである。階段を駆け上がりながら、十代は覇王の名前を何度か呼んだ。当然返事はなかった。怖かった。
「覇王」
ようやく辿り着いた自宅の鍵はきちんとしまっているし、ここまでに異変は感じられない。
「覇王…」
 情けない声音で弟の名を呼んだ。背負っている鞄から家の鍵を取り出した。上部がクローバーのような形になっているそれを右手に握って鍵穴にごりりと押し当てると、手を掛けていたせいで扉がぐんと開く。
「覇王? 帰ったぞ」
 テーブルとソファ、テレビ以外に大きな家具のないリビングには電気がついていなかった。靴を確認し忘れた十代は覇王の在宅を確認する為に、最奥の白い扉を叩く。些かの間が空いたが中から髪の湿った覇王が顔をのぞかせた。
「いたんだな。よかった」
「ああ。イヤホンをしていただけで、聞こえていた」
「そんなことより何も起きてないか? おれ、すこし怖くなってさ。おまえが心配で、っていうか今日、夏なのになんか、寒い、よな…」
 寒い。
 十代は覇王に駆け寄ると肩を掴んだ。自分より少し背の低い覇王の目は淀んだ琥珀色をしている。そうして、がくがくと震えている。覇王はもう正常ではなかった。
「なにがあった」
 覇王は遠いところを眺めるようにして十代の視線を避けようとしたが、その細い顎を掴んでこちらを向かせると観念したように目を伏せた。年がら年中荒れることのないその薄い唇が、詰めた息を吐く。
「…おれは腹が空いていたから、コンビニに行こうと、していた。八時を過ぎたくらいのころだった。向かいの公園を通ろうとしたら、男に呼び止められた。包丁を持っているような気がした。だから言われた通りに、金を渡した。でも、おれの財布には二千円しかなくて、男はおれを殴った。そうしたらおれの中の、あいつが、おれを傷つけることは十代を傷つけることだと。言った。その通りのようにおれは思った。だからおれは男に手を向けた。男は踊っているように、すこしふらついてから、」
「わかった、もういい」
 八時とは、最寄駅に十代が到着してすぐくらいのことだったらしい。悔しいのとはまた別の似たような感情が沸々と沸き起こり、それに声を詰まらせる。なんだか妙に悲しかった。うなだれてしまった覇王の背中に腕を回して、十代は自分の薄い胸板に押しつけると、ふたりとも身じろぎせずに押し黙る。覇王が殺してしまった男の遺体のことがまず気がかりだった。
「そうだ、覇王。どこを殴られた? 顔か? おまえ、おれと違ってきれいだからなあ。痕でも残ったら大変だよな」
 覇王の部屋から漏れる机上灯がふたりを照らしている中、十代は言うなり覇王の頬を両手で包み込む。十代の瞳の色と覇王のそれはどう見ても違って、覇王はくすんだ蜂蜜色、褪せた琥珀さながらの色だった。ぴたりと硝子玉の嵌ったビクスドールに思えるその容貌は本当に家族なのかと不思議であった。
 青い顔の覇王の頬には傷がなく、かすかな赤みがさしている程度である。ほっとしたように十代は嘆息した。覇王は数センチの差がある十代と視線を合わせると、思い出したように口を開いた。口許に笑みを湛えて。
「安心しろ。あの男のことは、あいつが消した」
「やめてくれ」
「だから何も起こらない。おれがああしてしまったこと自体は、無かった事として処理された。おまえがおれを助けるために何かを背負う必要はない」
「やめてくれ…」
 がくんと崩れた膝に任せて十代が生温いフローリングに座り込んだ。そのまま覇王を抱きかかえると、開き放たれた扉に勢いよく押し付ける。
「そんなふうに言うなよ。家族だろ? たったふたりの兄弟だ、背負う必要がないはずなんてない。そうだろ、覇王」
 覇王は十代で十代は覇王であった。誰かの罪はもう一方の罪であった。
(全部おまえとおんなじでいいんだ)
 きつく締めていた腕を緩めると、覇王は膝立ちした十代を咄嗟に見上げる。濁った鳶色をしているそれには机のあかりだけが映っていて、そこに自分の入り込む余地というものは全く見受けられないが、きっと十代はこの上なく覇王に盲目で無償の愛を注いでいる。入り込むというよりかは、もう既に覇王自身で満たされているのだ。気が付かないだけで。
 それを理解する。目の前の十代は不思議と強かなように見えたが、実はそうでもないのかもしれない。いや、或いは…。
「こわかったよ、おれ。おまえのことがすきだから」
 手持無沙汰になった手を伸ばし、覇王の長い前髪をかき上げてそう笑んだ十代は、確かに自分の兄であった。覇王は静かに首肯する。唇は弧を描いた。
「とうに知っている。…馬鹿め」
作品名:連続する愛 作家名:マリエ