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夕暮れ、火を灯す頃。

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祖母エリナに連れられたジョセフ・ジョースターは、落ち着かない気分でロンドンに建つスピードワゴン邸の長い廊下を歩いていた。通算7度目の投獄の直後で、この廊下よりも長い長い説教を覚悟しなければならないと思っていたからだ。
 ニューヨークに堂々たる本邸があるくせに、スピードワゴン老人は頻繁に古巣の街に帰ってくる。帰ってきてはジョースター家の生き残り達と食事をし、二人のために事務の処理をし、必要な(と思っているのであろう)説教をして行く。スピードワゴン自身は語らないが、帰省するたびに貧民時代の仲間らしい老人達とカードをやる。時には経済的な援助もしているようだが、どうやら彼の裏町情報網がいまだに健在らしいのを、ジョセフは薄々知っている。
 エリナに合わせてゆっくりと歩いていたが、さすがに長い廊下も尽きてしまった。邸の奥にある老人の書斎の前で、案内してきた執事が彼らの来訪を告げると、近ごろめっきりしわがれてきた声が、
「どうぞ」
と答えた。
 ドアを開けただけで一礼し、執事は足音も立てずに行ってしまう。覚悟を決めて、ジョセフは祖母の薄い肩の後ろから電灯を灯した広い書斎をのぞき込んだ。いつ見ても控えめでエレガントなインテリアで、彼の目には上品だが退屈に見える。
 老人は日の暮れた庭を眺めていたらしく、窓の側に立っていた。実際の年齢よりはずっと若く見えるが、それでも老いは目立つ。傷跡の走る顔に穏やかな笑みを浮かべて、スピードワゴンは二人を迎えた。
「お久しぶりですな、エリナさん。7度目だって、ジョジョ?」
着古した柔らかいジャケットにアスコットタイを結んで、エリナに椅子を勧める老人はなぜか、いつもよりずっと優しげな目つきでジョセフを見る。
 老人が自ら注いだお茶に手もつけず、エリナはいきなり切り出した。
「ロバート」
公の場では決してないが、彼女は時折こう呼ぶことがある。優しく温かく、どことなくノスタルジックな親しさをもった呼び方だった。
「お願いします。話してやってください。私は直接、見てはいないのだから」
ベールを上げ、眼鏡もサングラスもかけていない素顔のエリナは、そのさりげない口振りとは裏腹にひっそりと溜息をついた。
 老人は彼女をじっと見つめた。長い間、見つめていた。
 いつもとは違う、沈んだような雰囲気にジョセフは戸惑っていた。説教かと思えば、なにか話を聞くことになるらしい。老いた人たちの、綿が降り積もるように優しく落ち着いた様子が彼をさらにまごつかせた。ひょっとして、遺言でも聞かされるのか。そんなことも考えた。しかし、それにしてはスピードワゴン老人の眼光は強さを増してはいないだろうか。
 老人達が、視線で何を伝え合ったのかはわからない。黙りこくったあと、老人は言った。
「奥へ行こう、ジョジョ」



 老人は瓶から注いだ酒を一口飲み下し、グラスを置いた。
「私がスコッチを飲むようになるとはな」
 しげしげとラベルを眺め、
「お前ぐらいの年頃には、得体の知れない酒ばかり飲んでいたもんだ……飲むか?」
頷くと、グラスに半分ほど注いで渡してよこした。豊かな香りが立ち上る。口に含むと、力強い、複雑な味がした。かなり強い。老人と酒を飲むのは初めてだった。
 書斎の奥に続く小部屋である。
 今まで一度も開いたのを見たことがなかったドアの奥に、老人の真の書斎とでもいうものがあった。
 サメの歯を埋め込んだ南洋の棍棒が壁に立てかけてあり、その上を派手な鳥の剥製が飾っている。口を開けたまま床の隅に投げ出したトランクの中では意味ありげな土や砂を詰めた大量のガラス瓶が小山を作っている。孔雀を描いた巨大な壺には美しい織物がかけてあり、赤い絹地に色褪せた金の刺繍を光らせていた。古びた棚には不気味な彫刻や人形が並んでいる。アフリカ風の布を垂らした壁を背にして据えられた傷だらけのデスクの上には、模造宝石のついたナイフが無造作に転がしてあり、何かの書き付けや本、ちびた鉛筆に灰皿など、さまざまな物が雑然と積み上げられている。きちんと並んでいるのはラックにかかった数本のパイプと煙草入れだけで、大実業家の私室というよりは探検家の隠し部屋といった趣があった。埃とカビと土、かすかに刺激のある匂いがする。
 デスクの向こうの硬そうな椅子に収まっている老人と、同じくらい古く見える部屋だった。ジョセフの座った肘掛け椅子も、あちこち剥げて裂け目ができている。
 パイプに煙草を詰めて火をつけ、煙を吐き出すまで、老人は無言だった。ゆっくりと、手間をかけてその作業を終えた老人はジョセフの方へ向き直り、伏せていた目を上げた。
「何を聞かされるのか、と思っているだろうな」
老人は優しく微笑む。
「昔話だよ」
 そして、よっこらしょ、とかけ声をかけながら、足元から帽子箱より二回り大きいくらいの箱を持ち上げた。東洋の漆細工らしく、艶のある表面に埋め込まれた貝殻が滑らかに輝いている。黒い鉄の錠前を外して蓋を開くと、綿埃が舞い上がった。
「いまや『遺品の箱』だ」
 中をのぞき込んでつぶやき、老人は派手な市松模様のトップハットを取り出した。手入れはしてあるが、いかにも古いものらしい。旧友に対面したような顔でしげしげと眺める。傷跡が少し歪んでいた。
「これは……これはな、ジョセフ。私達の恩人のものだったのだよ」
「恩人?」
 老人は、また一口グラスをあおり、トップハットを膝に載せて、まっすぐにジョセフを見た。
「ああ、いま話してやろう。私が見たものを……実際に体験したことをな。だが、それだけだよ。事実だけ、直接、見聞きしたことだけを話そう。そのほかは……」
深い溜息をつき、思わしげに首を振った。
「エリナさんが教えてくれるかも知れない」
 長い長い、遠い昔の話が始まった。ジョセフは今年17歳、まだそれほど生きてはいない。その何倍も長いあいだ、ずっと彼らが、祖母エリナと老人が抱えてきた奇怪な事実の話だった。
ロンドンの貧民街の話。
曾祖父の話。
仮面と焼け落ちた屋敷の話。
男爵と波紋の話。
甦る死者の話。
男爵の戦いの話。
祖父母の結婚。
祖父の死。
そして血を求める怪物の話。
 パイプをふかし、グラスを傾け、膝に載せたトップハットを静かに撫でながら、老人は語った。長い話だった。
「それから私はアメリカに渡り、その後はおまえも知っている通りだ」
 空になったグラスに三度目のスコッチを注ぎながら、老人は言った。しわがれて低いが、太い声だった。
「仮面は破壊した。怪物は沈んだ。お前にはぴんとこない話かも知れない。しかし、知っておいて欲しいのだ。おまえのお祖父さんのこと、我々の恩人のこと、それから曾お祖父さんのこともな」
また優しい笑みを浮かべて、
「おまえももう、大人になる」
いろいろな、たくさんの感情が入り交じった、なんともいえない言い方だった。
 初めて聞く話に、ジョセフは聞き入っていた。
 なにを思えばいいのか、あまりにも現実離れした内容が次から次へと現われた。
作品名:夕暮れ、火を灯す頃。 作家名:塚原