伝説のヤンキー
嵐をよぶ転校生
「大変、大変!今度は柔道部の姫山がやられた!」
息をきらしながら風間トオルは新聞部の戸を勢いよく開けた。
「まじ?!写真、撮った?」
早朝から次号発行の学園新聞のレイアウトをしていた部長のみさえ、と、ますみは驚いた顔をトオルに向けた。
「ああ。さっき校門からこそこそ逃げる前に望遠で撮った。ほらっ」
三人で一眼レフのデジタル画像を覗き込む。
「ぐわっはっはっ」
こらえきれずに三人は爆笑した。
ぐりぐりパーマ、目じりを上げたアイライン、裾まであるスカート、ペッタンコにされた自前のカバン、赤い靴下‥‥ どう見ても80年代を風靡した女ヤンキーフッションだった。ガタイのよい姫山が、へっぴり腰になって逃げ出そうとしている瞬間が収められていた。
「なに、これー!!!きゃははは」
「うーん、これは価値ありますね。ただ、カバンにはもっと落書きがないと」
ずり落ちてくるめがねを押し上げながら冷静に分析するますみ。
「ね、ね、これ今日のスクープにしようよ」
みさえは嬉しそうに提案する。
「うーん、でも本人に了解とらないとマズくない?」
気弱なトオルの発言にみさえは鼻をならした。
「フッ、写真まで撮っておいて何よ。だいたいねー姫山がこんな格好にさせられたのだって、自業自得なんだよ。男らしさを勘違いして、さんざん部員や周りの生徒に迷惑かけたんだから」
みさえは部長なので彼女がGOといえば、部員は逆らえない。
「僕の女装は記事にしてくれないクセに…」
「し、しんのすけ!どこ行ってたのよっ、あんた。もう会議はとっくにはじまっているのよ!」
「ねぇん、ヤンキー風がいいなら、お姫様は止めてそっちにするから、の・せ・て」
「なんで俺にすりよってくるんだよっ!」
私立ふたば学園。幼稚園から大学まで一貫したエスカレータ方式のためか、生徒たちはゆとりを持って学生生活を送ることが出来ていた。そのおかげか、部活動もかなり盛んで他校ではみられない多彩なクラブが見受けられた。
ここ高等部の新聞部は現在のところ部員は4名。3年生はみさえとトオル、2年生はのぞみ、そして1年生はしんのすけ、といったメンバーだった。
ちなみに、しんのすけはみさえの従弟(いとこ)だった。弱小クラブなので、大きく記事を発表する余裕がないため、B5版の大きさの記事を一枚、2、3日に一回発行するのがやっとだった。
しかしこの方法は、みさえの作戦勝ちだった。沢山の文字を読む気のない生徒たちにとって、数分で読める一面だけの記事は受け入れやすかったのだ。
「それにしても、このところ〝伝説のヤンキー〟の出没頻度、凄くない?」
「それだけ悪い奴が多いってことだよ」
トオルは写真をパソコンのとりこみながら答えた。大事な早朝登校の賜物だ。校門に縛られた姫山は、みさえたちの来た時間にはいなかった。いつターゲットはそこにセットされたのだろう。
〝伝説のヤンキー〟
それはこの学園に伝わる、それこそ「伝説」だった。
学園の七不思議とかと同じ類の噂だ。学園に悪がはびこる時、小等科の運動場にひっそりとある百葉箱にヤンキーへの貢物と自分の退学届けを入れて願いをすれば叶えられる、という「必殺仕事人」のような話。
それは、あくまで七不思議のレベルの代々伝わる噂だったが、ここ数ヶ月の間は実際に仕置きが行われ始めたのだ。
狙われたのは軒並み、むさくるしい男たち。アドレナリンが多く「出来ないのは努力と根性が足りないからだ」と公言して憚らない連中たちだった。なぜか全員女装させられて、絶妙のタイミングで校門に縛り付けられていた。登校する生徒たちの前に晒されたのだ。
ターゲットの中には教頭もいた。冷血なところがある彼は、ある女生徒の容姿や人格をバカにした為はりつけにされた。百葉箱に入れられていた手紙は少女の遺書だった。彼女は仕事人の結果を見ることなく自殺した。事件後、教頭は退職した。
なぜ、ヤンキーなのか?
その理由を知るものは誰もいない。昔、ヤンキー生徒がグループをつくって仕事人活動をしていた、とか、もっと別の精鋭武道集団がカモフラージュのためヤンキーの格好をしていた、とか……
「それにしても、実際に仕置きが行われると私たちはどうしていいのか分かりませんね。学園側も困っているようです。被害者たちは一様にして仕事人についてはナゼか口をとざしていますし。
データによりますと‥‥今回は別として、最後に仕置きが行われたのは4年前です。いじめをしていた男子生徒たちが、1クラスほどやられています」
ますみは生徒会のデータにハッキングして伝える。
「1クラス?!そんなに沢山?どうやって仕置きをしたんだろう…ってか、ますみくん、ボクの前でハッキングするの止めて〜 ボク、一応、生徒会の副会長なんだよ〜」
「いじめをした全員、実名でマスコミや警察や進学予定の大学にタレこまれたらしいです。伝説のヤンキーと名乗る人物から。かなりいじめの内容が詳細だったので信憑性があると判断され大騒ぎになりました」
ますみはトオルを完全無視して答える。
「詳細な記録…… 進学予定の大学……まで知ってたんだ。学園内部の人間としか思えないわね」
「はい」
「ねぇ、ねぇ、今日は部長たちのクラスに転校生が来るでしょう? 美人だったら絶対に新聞部に入れてくださいよ!」
ミステリーもしんのすけにとっては意味なしである。事件を追いかけるのが仕事の新聞部の未来は暗い。
「なんで、そんな事あんたが知ってるのよ!それに美人とは限らないでしょう?男の子かもしれないしっ」
「だって風間くんが昨日教えてくれたんですよ。生徒会に挨拶に来たって」
「こら、秘密だって言ったのに何でしゃべるんだよ」
「ごめん、オラと風間くんの愛の秘密だったのに」
「そんな愛はないっ!」
そして、しんのすけの言っていた転校生が本当にみさえのクラスにやってきた。
師走(しわす)マリー
本当に美人だった。
サラサラのロングヘアー、長身できれいに筋肉のついたプロポーションは抜群で、気の強そうな瞳と唇はクラスの皆をひきつけた。
マリーはフランスからの帰国子女ということだった。父親が亡くなったために日本に帰ってきたと彼女は言った。
初日から大人気のマリーに驚きつつ、新聞部の突撃でみさえはマリーに声をかけた。
「ねぇ、師走さん、お願いがあるんだけど」
グルーピーを押し分け入っていく。
「あ、私、野原みさえ、よろしくね。みさえって呼んで。でね、お願いっていうのはぁ、私の入っている新聞部に入部して欲しいってことなの、きゃは」
マリーはみさえの攻撃にきょとんとしていた。
「なによー、みさえ、抜けがけする気? それじゃウチのテニス部が声かけたっていいわよね? ねマリーさん、テニス部に来ない。美人はやっぱり華麗にテニスよ。マリーさんならぴったり!」
「いいえ、ダンス部よ」「茶道部が似合うわ」「アーチェリー」「美術部!モデル兼で」
みんなが騒ぎ出した。