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おそるべきこどもたち

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2.黄瀬

 青峰にガキだと思われているらしいことはうすうす勘付いていたが、黄瀬にいわせれば、青峰のほうがよっぽどガキである。
 ことバスケについては、青峰のあとばかりついてまわっていると思われがちだが、黄瀬だってモデル業のほうではおとなに混ざって仕事をしているのだ。
 いまはバスケに比重を置いているとはいえ、プロとしてけっして甘い考えはもっていない。まわりのおとなにだって充分認められている。
 そんなわけだから、青峰がぐいぐい歩いてくのを追いかけていくさなかに、黄瀬はなんべんも「おとなへの岐路」というものに立ち会っていた。
 それはたとえば、ちょっと大きなブランドのコレクションに使ってもらえるとか、俳優として抜擢してもらえるとか、そういうバスケとは関係ないところで起きている、黄瀬をおとなの世界に引きずり込もうとする誘惑だ。
 そこで成功すれば将来がもっと開けることが約束されている類の、おとなの世界への招待券。けれど、黄瀬はそれらをすべて無視した。
(副業っスから。いまはバスケに集中してたいんで。どうしても勝ちたい人がいるんスよ。せっかくですけど、ありがとうございます)
 そうやって、青峰のあとを追いかけるこどもでいようとする。
 黄瀬は青峰より先におとなになりたくないのだ。だからこどもの面をかぶる。

 いつも通り1on1を終えて、ふたりで歩く帰り、コンビニでアイスを買った。青峰は棒に刺さったアイスキャンディ、黄瀬はまるい小さなアイスがたくさん入っている箱入りのものだ。
 青峰はうげっとまみえをよせて、
「女みてーなもん食ってんな」
「いろんな味がはいってて楽しいんスよ」
 駅へむかって、人通りのない道をのろのろ歩く。今夜は熱帯夜だけれど、それでも照り返しがないぶん昼間よりだいぶ涼しい。夜風をうけて、黄瀬の前髪がさらさら揺れる。
 少しのあいだ、道路には青峰がアイスをかじる音と、つたつたとアスファルトをかむ靴音だけが響く。黄瀬はいつも、すこし引きずるように歩いた。
 大通りが近づいたところで、ごうと車が横を通り過ぎて、そういや狙ってんのか知らないけどナチュラルに車道側陣取られたなぁとぼんやり思う。そうして、黄瀬がいくつめかのアイスを口に放り込むと、矢庭に青峰が声をあげた。
「おい、黄瀬」
 これやるよ、といわれて、黄瀬は目をまるくする。アイスのあたり棒。記憶が巻き戻って、いつかの会話に行き当たる。体育館の、重くわだかまるような不快な暑さ。息遣いさえ緞帳の間に吸い込まれるような静寂。
 わかったようでわからなくて、黄瀬はとぼけた。
「なんスかこれ」
「ほしいっつってなかったっけ」
 小首をかしげられて、それがあんまりにも純粋でまっすぐな優しさだったから、黄瀬は、なんでだか猛然と泣きだしそうになった。
 青峰がたまにしかけてくるこういう不意打ちは、黄瀬をほんとうに、芯からだめにしてしまう。
 話を聞いていないようで、少しだけ聞いていて、けれどどこをどう間違えればそういう結論になってしまうんだか、黄瀬にはさっぱりわからない。ただ、どうしようもなくバカだと思っている。
 なのにそういうこどもじみた優しさは、いつだって暴力にも似た純粋さで、だからどうしたってまっすぐに黄瀬のこころに響いてしまうのだ。
 マネージャーの気遣いでも、ファンの差し入れでも、チームメイトの激励でもなく、この小さな、何にも満たないような優しさがないと、生きていけないような気持ちになる。
(やっぱりガキだ、このひと)
 黄瀬は青峰のほうを見られなかった。そんなことしたら、これまでつくってきたこどもの面が台無しになる。青峰のまえで、黄瀬はけっして、思慮深くあってはいけないのだ。
 じじ、と街灯が点滅した。光が揺らぐ。かろうじて声が震えるのだけはおさえて、黄瀬は青峰に飛び付いた。
「いる、いるっス!ください!うれしいっス!」
 必死で手をのばすと、青峰はふっと口元をほどいて、おらよ、と目の前につきつけた。そうして、夜風にすこし乱れた黄瀬の髪の毛を、なでるのではなく、たださわった。
(あんたもあんたで、俺相手になごんでんじゃねぇよ)
 なんだってこの男は、バスケ以外にはこんなにも隙だらけなんだと思う。
 けれど、世界中のほかのどこにもないその小さな優しさが、広い広い夜のこんなすみっこにはたしかに存在していて、黄瀬はどうやったってそれを手放すことができないから、ただされるがままじっとしている。
作品名:おそるべきこどもたち 作家名:まひる