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影ぼうしの夜

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1.

「影ぼうしを捕まえてくれ、だって?」
「そうなんです」
 彼から依頼を受けたのは夕暮れ時、学校から帰る途中のことだった。
「いきなりそんなこと言われたってなあ」
「ああっ、明らかに胡散臭そうなそのまなざしっ。お前今ふざけてるだろって思ってますねえ」
「そりゃあまあ、……それだけじゃねえけど」
 遊馬は困惑して、アストラルと顔を見合わせた。アストラルも、この人間には関わらない方がいいと首を振る。
 妙な風体の人物だった。彼は黒く艶やかなタキシードを襟まできっちり揃えて着込んでいる。今すぐにでもどこかの晩餐会に参加できる出で立ち。だが、首から上。人間の頭部があるはずの場所は、一つ目カボチャ――アストラル曰く、《ゴースト王―パンプキング―》――の着ぐるみにすっぽり覆われていた。上等そうな服装が、それ一つで台無しだ。
 着ぐるみのせいで彼の顔かたちは全然分からず、首から下の体格と着ぐるみから漏れ出る声から若い男性だということだけが辛うじて確認できた。
 姿だけではない。彼の頼みごとも輪をかけて怪しいものだった。『夜明けまでに、逃げ出した影ぼうしを捕まえて欲しい』のだと。赤いリボンを柄にかわいらしく結んだピコピコハンマーを差し出して。
「何でピコピコハンマーなんだ?」
「本物の武器なんか使ったら、危ないじゃないですかってチーフが言ってました。すみません、それ以上のことは知らないんです」
 遊馬とぺこぺこ頭を下げるパンプキング男とを、通りかかった人々が一瞥しては過ぎて行く。それだけだ。取り立てて騒ぐ者はいない。それもそのはず、今日は十月三十一日、ハロウィン当日なのだ。
「お願いします。どうか、この通り」
「うーん……」
 外見といい、頼みごとの内容といい、全くもって冗談の塊のような男だった。今日だからこそ存在が許されているようなものだ。でなければとっくの昔に誰かに警察を呼ばれていただろう。
 いい加減早く家に帰りたい。上がっては下がるカボチャの後頭部を眺める遊馬の心に、そろそろそんな思いがよぎり出したころ。
「――もちろん、ただとは言いやしません。謝礼と言っては何ですが、これを」
 男は懐から赤い水玉模様の巾着袋を一つ取り出した。パンパンに膨れ上がった布製の袋の口から、ちらりと顔を覗かせている物がある。板チョコレートにスナック菓子、大きなペロペロキャンディー等々……。
「その話、乗った!」
「本当ですか!」
 遊馬は、男から巾着袋とついでにピコピコハンマーを受け取った。
「操作は簡単」
 パンプキングの一つ目が、ぎょろっと遊馬の方を向いた、ような気がした。
「逃げた影ぼうしをこのハンマーで叩けばいいんです。――じゃ、ご健闘をお祈りします」
 一礼してすたこら去っていくパンプキング男を見送った後。
〈……君という奴は〉
「文句あんのかよアストラル。人助けだよ、人助け」
〈私には、君が食べ物に釣られたようにしか見えないのだがな〉
「うっ。い、いいだろ別に! くれるっつーんだから貰っときゃ!」
 呆れた眼差しのアストラルをよそに、早速巾着袋をごそごそ探る遊馬。キャンディーを一つ取り出して頬張れば、甘い香りとイチゴ味がじんわり口の中に広がる。
 西の空に沈みかけた太陽に照らされて、遊馬の足元から影ぼうしが長々と伸びていた。

「ただいまー」
 遊馬たちが家に帰り着けば、ちょうど春が夕食の準備を始めるところだった。
《遊馬、オ帰リ、オ帰リ》
「お帰り。おや、遊馬。どこでそんなものを手に入れたんじゃ?」
「さっき帰りに貰ったんだよ」
 ソファに鞄を投げ出して、遊馬は祖母の問いに答えた。居間のソファでパソコンに向かっていた明里が話に加わってくる。
「ほら、あれよお婆ちゃん。今日はハロウィンでしょ」
「おお、そうじゃったそうじゃった。すっかり忘れとったわ」
 笑い合う姉と祖母を前に、遊馬はどうやって話を切り出せばいいかタイミングに迷った。あの男からの頼みを果たすには、夜間外出の許可を二人から取るのが条件だ。今までにも夜中出歩くことはあったが、万が一にも二人が不可と言えばそこまでである。無断外出などしようものなら、バレた時が恐ろしい。
 遊馬が二人に話しかけようとした時のことだった。
 藍色の夜空には、月齢15.6の月がぽっかりと浮かんでいた。薄黄色に輝くそれが、どういう訳かじわじわと紅に染まっていったのだ。
 血のような、禍々しい月の光が、家の窓ガラスからさっと差し込む。目もくらむ光の洪水の中、遊馬は黒いものがいくつか視界の隅を横切って行ったのを感じた。

「姉ちゃん! 婆ちゃん! オボミ! ――皆どうしちまったってんだよ……!」
 光が治まった後。見れば明里はソファ、春は台所の床に倒れ込んで眠ってしまっていた。遊馬がいくら揺り起そうとも叩こうとも、一向に目を覚ます気配はない。
 居間の真ん中で停止したままのオボミのボディを、こんこんと空しく遊馬の拳が叩く。
〈遊馬!〉
 アストラルが遊馬の背後を指差した。即座に振り向いた遊馬の目に映ったもの、それは。
「なっ、何だよこれ……!」
 玄関に続くドアの前に、新たな人物が立ちつくしていた。奇妙なことに全身真っ黒、一対の目だけがらんらんと白く輝いている。しかし、遊馬にはどこか見覚えがあった。遊馬と全く同じ背丈。妙にかっちり合う目線。何よりも、頭にぴんと立つ二本の触角。
 遊馬とアストラルが恐る恐る近づくと「それ」はびくりと震え、慌てふためいて部屋から逃げ出した。
「あっ、待て!」
 すぐさま「それ」を追って部屋の外へ、開け放された玄関を出た二人。――手に例のピコピコハンマーと巾着袋を持ったまま。だが、一体どこに逃げたのやら、「それ」の姿を見失ってしまったようだ。
 空には、紅に染まったままの丸い月。月が照らす地上には、
「影が、ない……」
 遊馬の足元に引っ付いていたはずの影ぼうしが、文字通り影も形もなくなっていた。

作品名:影ぼうしの夜 作家名:うるら