影ぼうしの夜
2.
〈どうやら、今回の事件は君たちだけに起こった訳ではないようだ〉
「うあー、悪い夢見てるみてえだぜ……」
影ぼうしを追ってハートランド市街に到着した遊馬とアストラルを迎えたのは、街中を我が物顔で闊歩する影ぼうしたちだった。歩道に溢れる影ぼうし。店の中にも影ぼうし。普通の人間の姿はどこにもない。日常がそのままそっくり影ぼうしに取って代わられた格好だ。ゆらゆら揺れ動く影ぼうしと、普通に灯される街の照明と紅の月の光が混ざり合って、気味の悪いことになっている。
「ん? あれ、小鳥じゃねえか?」
遊馬は、影ぼうしの群れの中に見覚えのある人物を発見した。
「間違いねえ。あのお団子頭、やっぱり小鳥だ。おーい、小鳥――!」
右手のハンマーをぶんぶんと振り回し、遊馬は小鳥らしき人物に呼びかける。だが、いつもなら彼女からすぐに返される反応はなかった。駆け寄ることもなく、返事すらせず。
「あら。こんばんは、九十九くん」
半径一、二メートルまで近づいてようやく他人行儀な返事が返って来た。
〈――待て。彼女は本当に小鳥なのか?〉
「何だよもう、水臭えなあ小鳥ー」
彼女らしくないよそよそしさに、思わず遊馬は持っていたハンマーでピコッと「小鳥」を叩いた。彼としては突っ込みを入れるつもりだったのだが、
「んなっ、こ、小鳥ぃ!?」
ハンマーで叩かれた小鳥の影ぼうしは、見る見るうちにしゅるしゅる縮んで、終いにはぱっと姿をかき消してしまった。
「消え……ちゃった」
〈なるほど。あのパンプキングが話したことは全部真実だということか〉
逃げ出した影ぼうしを捕まえる。それがただの夢物語でないことを、二人は今更ながらに実感した。
真っ黒い影ぼうしの中で、彼らは尚更目立っていた。青年とそのお供の容姿は。
《遊馬! 遊馬デハナイカ!》
「アストラルも一緒か」
カイトとオービタルも遊馬たちの存在に気が付いたようだ。周囲に張り巡らされた警戒がすっと和らぐ。弟相手の場合と比べて、完全にとまでは行かないが。
遊馬と同じく、カイトもまたあのピコピコハンマーを手に入れていた。唯一の違いは、巻かれたリボンが黄色だということくらいだ。
「カイトもあのカボチャ男に頼まれてたんだな」
「カボチャ? ああ、パンプキングの面を被った奴のことか。だが、オレが遭ったのは男ではない。ハルトと同じ年頃の女で、黒くて派手な衣装を着ていた」
《ゴスロリデアリマス、カイト様》
「ドスコイ……?」
〈遊馬。君の今の発想は根本的に間違っている〉
カイトの話によると、ハルトとオービタル7の三人で買い物に出かけた帰りに遭ったそうだ。最初は突っぱねる気満々のカイトだったが、「あなたが知っている人だけでもいい」と条件を付けてまで必死に頼み込む相手にハルトが、
「この人困ってるみたいだよ。助けてあげようよ」
――その鶴の一声で、カイトとオービタル7の今晩のスケジュールは決定した。
「ハルトは優しいからな……」
弟のことを語るカイトは、実際満更でもない顔をしている。
〈お菓子に釣られた遊馬とは大違いだな〉
《カイト様ハ、ドコゾノトンマノヨウナ意地汚イ人間デハナイ》
「意地汚いって何だよ意地汚いって」
「無論、奴がよこした菓子は全てオービタルに解析させた上で、オレと父さんとで毒見した」
「へ、へえー……」
ありありと思い浮かぶ。当然の如く毒見役を買って出たカイトとDr.フェイカーが、これ以上になくにこやかにハルトにお菓子を勧める光景が。こんな時でも天城家の末弟至上主義は通常運転だ。
「ハルトは父さんに任せて来た。これはバリアンの陰謀かも知れない。我々は一刻も早く、ハルトの影を探し出さなければ」
《アノー、カイト様。私ノ影ノコトモ……》
「黙れオービタル。ハルトの影の奪還が最優先だ」
カイトとオービタル7の足元にも影はない。
心当たりはないか、とカイトに問われ、揃って首を振る遊馬とアストラル。すると、
「あっちへ行ったウラ!」
声の指示した方向に、カイトとハルトとオービタル7の影ぼうしがいた。見つかるや否や彼らは揃って逃げ出した。ハルトらしき小柄な影が、残りの二人の腕を率先して引っ張っている。
「追うぞオービタル!」
《カシコマリ!》
その場に遊馬たちを置いて影ぼうしを追跡するカイトたち。だが、その一帯はその他の影ぼうしがわらわらさまよっていて中々追いつけない。黒々とした人ごみから抜け出そうと手をこまねいている内に、お目当ての影ぼうしは益々遠ざかる。
「待て、待ってくれ! ハルト! ハルトぉ――! ――ええい貴様ら、懺悔の用意はできているか!」
そこからはもう地獄絵図だった。まとわりつく影ぼうしを片っ端からばっさばっさとなぎ倒す。ピコピコハンマー片手に魂ごと狩る勢いで。鳴り響くピコピコ音が戦場の緊迫感をかなり削いでいる。
「あのハンマーをカイトに渡した奴、こうなること分かっててやったのかな?」
〈どちらにせよ、この上なくいい人選だ〉
影ぼうしたちの悲鳴と共に段々と遠ざかるピコピコが、ついに聞こえなくなったころ。
〈遊馬〉
「どーしたよ、そんな怖い顔して」
〈さっきからずっと気になっていたことがある。オボミやオービタルにも影があった。私にも逃げた影はあるのだろうか〉
「はは、まっさかあ」
お前今何ともないじゃねえか、と続けようとした遊馬だったが。
〈――おいおい、そりゃないぜ、お二人さん〉
どこからともなく声がする。遊馬とアストラルが後ずさって身構えれば、漆黒の触手が目の前の地面から何本も伸びて来た。触手はよりを掛けられて一つの人影を造り出す。
〈オレのこと忘れちまうなんてよお〉
No.96だ。
〈そうか、お前が私の影ということか。遊馬、ハンマーを〉
「おう」
請われてハンマーを振り上げようとする遊馬。しかし、No.96はちっちっと人差し指を振ってそれを制した。
〈そいつでただ叩くだけじゃ芸がねえ。どうだ? ここは一つデュエルといこうじゃないか。オレが勝ったらオレは永久に無罪放免だ〉
〈私が勝てばお前はすぐに元に戻るのだな。いいだろう。そのデュエル、受けて立つ!〉
アストラルが左腕を構えると、独特な形をした青いデュエルディスクが肌の上に出現した。対するNo.96も、触手を固めて黒いデュエルディスクを構築する。
〈デュエル!〉
同じようでいて違う声音が重なる。
〈先攻は私だ! ドロー! ……モンスターを裏守備表示で召喚、カードを一枚セットして、ターンエンドだ!〉
〈オレのターン、ドロー!〉
少し離れた場所でデュエル観戦しつつ、遊馬は思った。二人ともごく自然に使ってるけど、それオレのデッキだよな、と。