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神木出雲のある休日

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「なんや、買い物《もん》か?」
 その声の主が誰か判った瞬間に、神木出雲は上に伸ばしていた手を素早く下ろす。そして身構えながら勢い良く後ろを振り向いた。
「本屋さんはやっぱりここですよねぇ」
「出雲ちゃん、この後ちょっとお茶でもせえへん?」
 物凄く嫌そうな顔をしているだろう。声を掛けてきたのは、勝呂竜士《ゴリラ》、志摩廉造《ヘンタイ》、三輪子猫丸《金魚のフン》の京都三人組だ。子猫丸はマジメで大人しい生徒だが、出雲から見れば、強引で短気なゴリラと、ちゃらんぽらんなヘンタイに振り回されているヘタレのようにしか見えない。ま、たまに辛辣なこと言ったり、イイとこ持って行ったりもするけど。
 じゃない。
「いやよ、なんであんたたちなんかと……」
 もう、こんな時に朴がいないなんて。
 親友の朴朔子は、折り悪く別の用事で出かけてしまっていた。勝呂たちをあしらうことなど何でもないが、急に一人ぼっちだと言うことが思い起こされて寂しい気持ちになる。
「相変わらずつれないわぁ。何の本見てたん?」
「うるさいわね、アンタに関係ないでしょ」
 任務補佐の呼び出しもない週末。出雲は本屋に来ていた。全国展開している本屋で、正十字学園町でも一、二を争う規模の大きさだ。特に専門書の取り扱い量が半端ない。八階建ての最上階にある専門書コーナーで祓魔関係の本を見た後、児童文学書、コミックスと参考書、文庫、新書の階をぶらぶらと眺めて、ふと実用書の料理本コーナーで足を止めた。
 高い天井に届くほどの書棚の中ごろ、出雲が手を伸ばしてギリギリの所に『こどものための料理』、『こどものためのお菓子』の背表紙を見つけた。いくら出雲でも、こども用の本なら失敗と言うこともあるまい。ふと何気なく手に取ろうと思ったが、意外と高い所にあって手が届かなくて難儀していた、ちょうどその時に声を掛けられたのだ。
 よりによって、こんなタイミングで見つかるなんて。
 自慢ではないが出雲は器用な方だと思う。調理関係を除けば。
 いや。正直、家庭科一般はそこまで得意じゃないかも……。
 そんな出雲だが、以前挑戦したマタタビ酒の失敗が心に引っかかっていた。だからと言って、奥村燐の『突き抜けすぎ』た腕と張り合いたいなんて微塵も思わない。されど、ぼんやりした杜山しえみとあんまり変わらない腕ってのも悔しい。出来れば普通くらいの腕にはなりたかった。そう思ってのことだったのだが。
「どれや? 届かれへんのやろ?」
 勝呂が棚を見上げて尋ねてくる。
 じょ……、冗談でしょ!
 普通の料理本ならいざ知らず、子供向けの本を取ろうとしていたなど、知られたくもなかった。
「別に! ただ見てただけよ」
「ウソつけ。エライ難儀しとったやないか」
「そうそう、坊《ぼん》いきなりおれへんようになって」
「やさしーですなぁ? 坊」
「やかましわ。たまたまや」
 くすくすと笑う少年たちに、照れたように赤くなって反論すると、出雲にどれだ? と聞いてくる。
 これまで出雲の中には二通りの人間しか居なかった。親友の朴朔子か、それ以外か。それ以外の人たちと付き合う気もないし、喋る気もない。気に入られたいとも思わないから、どうでもいい。そんな態度で居れば、当然相手も出雲のことを良く思わない。そうやって周りからどんどん孤立していく。正十字学園に入学して数ヶ月、すでに周りから浮いている自覚もある。だが、祓魔塾の面々は違った。出雲が構うな、と言ってもお構いなしに構ってくる。唯一自分の言葉に突っかかってくる勝呂も、短気なだけで後にあまり引きずらない。出雲をまるっとそのまま受け入れているようなところがあった。
 一方、少女はそんな彼らに面食らっていた。どう対応していいのか判らない。
「よ、余計なお世話よ!」
 出雲は思わず怒鳴ると、踵を返した。その勢いで振り回された紙袋が、平台に積みあがっていた本を叩き落し、ついでに紙袋の底が破けて、購入した本が床に散らばった。一緒にこぼれて、ころころと足元に転がってきた袋を勝呂が拾い上げて不思議そうに呟いた。
「お揚げさん……?」


「……どこまでついてくるのよ」
「ついてっとるわけやない。俺らも寮帰るんや」
 飄々と答える少年たちに、出雲は低い声で唸る。
 落ちた平台の本を拾い、自分の買った本を拾い集めるのを、少年たちが手を貸してくれた。
 何買ったのか見られた。
 出雲の好きな少女マンガの単行本と雑誌、ライトノベルの新刊。勝呂たちは祓魔関係の専門書を手にした時には、ピクリと眉を動かしたが、それ以外は無表情で拾ってくれた。それがまたなんだか悔しい。
 お陰で早々に寮に帰ろうと言う気になってしまった。本当なら、この後はもう少し買い物をして、かわいい雑貨屋でも見たら、常々入ってみたいと思っていたカフェでお茶でもしようと思っていた所だったのに。おまけに帰り道も一緒とは冗談ではない。
 恥ずかしいやら苛立たしいやら、入り乱れた気持ちで歩いていると、稲荷神社の鳥居を見て我に返る。そうだった、今日はもう一つの目的があったのだ。ふと踵を返して鳥居をくぐった。
「どこ行くんや?」
 寮とは違う方向だろ、と少年たちが不思議そうに声を掛けてくる。頼むから。もうホントに。放っておいてよ。
「……用あるから」
「お稲荷さんに用?」
 アンタたちには関係ないでしょ、と怒鳴ろうとしたところで、子猫丸が合点が行った、と言うように手を叩く。
「ああ、使い魔の白狐呼び出しはるんやろ? さっきお揚げさん持ってはったし」
 なによコイツ。簡単に言い当ててくるとか……。
 自分の使い魔をきちんと統制し扱えるようになるには、『馴染ませておく』、つまりはきちんと飼い慣らしておく必要がある。使い魔に何が出来るのか、どの位の力で抑えておけるのか、などを見極めるのにも必要なことだった。
 一時的に自分の精神力、体力を使って、力ずくで悪魔を捻じ伏せて使役することも出来る。だがそれは本当に特殊なケースだ。悪魔は使役されていても、手騎士《テイマー》の命を狙っている。それを押さえ込んでおくのは、すぐに出来ることではない。
 その使い魔も、いつでもどこにでも呼び出しても良いという訳ではない。
 プロの祓魔師であれば、自宅にきちんと手順を踏んで構築した『場』を設けることも可能だが、寮では同室の学生の目がある。正十字騎士團が日本における拠点を構えるこの町では、祓魔師の存在が当たり前に馴染んでいる。その彼らが使役する存在とは言え、悪魔を自分の傍に呼び出されることに抵抗感を抱く人もいるからだ。
 そこで苦肉の策が、同属の性質を持つ稲荷神社の境内での召喚だったのだ。
「良かったら見学させてもらえへんやろか? 僕ら手騎士は無理やったし。せやからどんなことするか見てみたいんや」
 この通り、と子猫丸が手を合わせて拝む。勝呂がそれに便乗して「見てもエエなら見してくれ」と言う。廉造が鼻息を荒くして「俺も俺も!」と手を挙げたのは、仲間はずれがイヤだからだろうか? 女の傍を離れたくないとか? 冗談じゃないわよ、ヘンタイめ。
 それなのに、口にしたのは別の言葉だった。
「……わかったわよ。その代わり大声で騒がないでよ」
作品名:神木出雲のある休日 作家名:せんり