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嘘をつかないといけませんか?

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 なぁなぁっと馴れ馴れしく近付いて来たイヴァンにチロリと視線だけやり、すぐに前を向く。いつものように足音一つ立てず本部の廊下を歩くジュリオをイヴァンがバタバタとうるさい足音を立てて追いかけ、珍しいことに横に並んだ。普段ならば近付こうともしない男が、だ。
 何を企んでいるのだろう。再びチロリと視線を少し下に向ける。それはジャンを見るときとほぼ同じ角度だった。
 この男はジャンと同じ視線でモノを見詰めているのか。そう思えば、モヤリと心に影が落ちた。
 けれど、イヴァンはそんなジュリオの心など知らぬとばかりに、ニヤリニヤリと悪巧みでもするような笑みで笑った。

「今日はなんの日か知ってるか?」
「4月1日」

 まさか日にちすら満足に数えられないほどバカだったとは。

「知ってるよ! なんだ、その目は。ちげぇよ。そうじゃなくてだな、今日はエイプリルフールだろうが」
「なんだ。そんなことか」
「おいおいおいおい! ちょっと待てって! おい」

 くだらない言葉を聞き流し、ジュリオは前を向く。視線の先にはジャンの執務室があった。頑丈な扉の向こうにはジャンの太陽のような笑みが待っているだろう。
 先程、ついうっかりジャンとイヴァンの視線が同じだなどと下世話な事を考えてしまった自分を叱咤する。この男とジャンが同じモノを見ているわけがない。ジャンが見ている世界はきっと光り輝いているに違いない。
 自分の見ている澱んだ世界とは違う。
 けれどジャンの傍に居れば、その輝く世界の片鱗を見られるのではないか。その世界はどんなに素晴らしいだろう。

「だっから、ジュリオ。聞けよ! エイプリルフールってのは嘘を吐く日じゃないか」
「嘘を吐いても許されるだけだ。たわいない嘘ならば」
「最近はさぁ、好きな人とか恋人同士の中でそれをやるのが流行ってるんだよ。『嫌い』って言う事でお互いがどんなに好きかを確かめ合う。ってわけだ。まぁ、気弱なヤツが好きって言えないから、逆だったら言えるんじゃないかって考え出したのかも知れねぇけどさ」

 また安っぽい新聞のネタでも真に受けたのだろう。これだから、イヴァンなのだ。

「ならばお前が……すまない、相手がいなかったな」
「なんだとコラ! いるっての、それ位!」
「素人童貞なのにか」
「違う。つってんだろうがぁぁぁ! いつまでもそのネタ引っ張るんじゃねぇよ、この真性童貞!」

 すでに自分は童貞ではないが、それを言えばなんだかんだとうるさいに決まっているのだから口を閉ざしておく。
 それよりも、このままではイヴァンもジャンの部屋に入ってきてしまう。このうるさい声にジャンとの時間を邪魔されたくはない。
 ドアの数歩前で立ち止まったジュリオに、イヴァンは酷く嬉しそうに笑った。

「おっ。ようやく良いネタだって分かったか? てめぇみたいな奥手そうなヤツでも、これなら告白できるだろう。俺は親切で言ってやってんだからな。ありがたく思え! 嘘だと思うならジャンにも聞いてみろ。あいつも知ってるぜ」
「お前、ジャンに用事か?」
「へ? ジャン? いや、別に用はないけど」
「そうか。俺は報告がある。入ってくるな」

 重厚なドアを開くと、大きな窓から差し込む明るい光を背中に受けたジャンが顔を上げ、ジュリオにニコリと微笑んだ。イヴァンのうるさい声が後ろで響いたけれど、無視をしてドアを閉めた。そうすれば、この部屋は二人だけのモノ。二人だけの世界。
 イヴァンのバタバタと汚い足音、いや足音の振動が遠離るのを確認してから、ジュリオはジャンの机の前へ静かに移動した。

「おつかれちゃん」

 この一言に救われる。この一言のためならば何でも出来る。
 心を擽るふわふわとした声に思わず目尻を落とすと、困ったようにジャンが笑った。

「なんか良いことあったのけ?」
「あ……えっと……。今、ジャンに会いました」
「……そっか」

 ポリポリと頬をかき。それから、ちょっとだけ腕組みをして。なにかを言おうと口を開いたけれどすぐに閉じ。それから、ジャンはやはり困ったように笑った。
 そんな動作の一つ一つが。表情の一つ一つが愛おしい。愛している。

「ジャン、す……」

 いつものように言葉を零しそうになったとき、ふっとイヴァンの声が頭を掠めた。
 今日はエイプリルフールだ。恋人同士では逆の言葉を言うのだとイヴァンは言っていた。それをジャンも知っているという。ならば、今日ジャンに「好き」と伝えるのは「嫌い」と言っているのと同じなのではないだろうか。

「どうした?」
「あ……ぅ……」

 どうすれば良いだろう。好きだと、愛しているのだと伝えたい。溢れるこの感情を言葉にしてしまいたい。けれど、嫌いなのだと思われたくない。

「ジュリオ?」

 ジャンが心配している。自分の事を心配してくれている。何でもないことなのに、ジャンに手間をかけさせている。

「な……んでも」
「何か言いかけただろ? ちゃんと言ってみろ。どうした?」

 言葉を濁そうにもジャンが真っ直ぐ見詰められ、キュッと胸が締め付けられる。このまま何も言わなければ、ジャンを騙す事になるのではないだろうか。
 自分がジャンを騙す。そんな事想像もできない。
 だが、嫌いだと思っていると思われたくない。

「あ……ジャン……」
「ん?」
「あの……す……ではなくて、き……」

 好きと言ったら、逆に伝わるかも知れない。けれど、自分の口からジャンのことを「嫌い」だと言うなんて。

「俺は……き……」

 声が震える。
 鼻の奥がツンッと詰まったように痺れるような痛みを訴える。

「ジュリオ。どうしたんだよ?」

 身を乗り出したジャンが手を伸ばす。暖かな手が頬を拭う。
 嘘でも、その暖かい手を嫌いだなんて言えない。

「今日は、エイプリルフール……です、から」
「あ? あぁ、そう言えばそうだったな。忘れてた」
「だから、ジャンに”好き”と言ってしまったら……、嫌いだって……思われたく、ないです」

 ホロリホロリ涙が零れる。
 込み上げる感情が制御できない。

「でも、貴方を、き……らい、なんて……言えない、です」

 キュッと目を閉じると、更に涙が零れた。頬を流れる熱い滴をジャンの手が少し乱暴に拭う。少し痛いと思って目を開くと、今度は両手で頬を擦られた。

「わざわざ嘘を吐かなくたって良いんだよ。俺が、お前のこと”好きだ”って言ったら嘘だと思うか?」

 それは少し疑わしい。ジャンが自分を好きになってくれるなんて、今も信じられないのだ。好きだと言ってくれるなんて、嬉しすぎて夢なのではないかと思ってしまうのだ。

「ほら、泣き止め。まったく誰だ、おかしな事言ったのは」
「イ……ヴァンが」
「……あいつか。まったく……気にするなジュリオ。お前が嘘なんてつくと思ってねぇから」
「は、い」

 キラキラと光る金色の目に見詰められ、思わず頬を赤く染める。
 愛おしい。
 わき上がる思いが止められない。

「あ……あ、の」
「うん」
「好き、です」
「うん」
「俺、ジャンが……好き、です。大好き」

 ニコリと笑ったジャンの手が頬から離れていく。