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嘘をつかないといけませんか?

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 何か怒らせるような事をしただろうか。やはり嫌われたのではないか。
 ジャンがゆっくりと机を回って近付いてくる。大きな机の周りをゆっくり、ゆっくりと。

「ジャン……」

 ようやく目の前に来たジャンを見下ろす。見上げたジャンが大きな瞬かれ、ゆっくりと手が伸びる。
 叩かれるのか。殴られるのか。
 けれど、ジャンにされるならば文句などあるはずがない。怒らせたのは自分なのだから。

「バカだな」
「あ……はい。すみません」
「バカって言われて謝るなよ。まったく……」

 伸ばされた手が頬を撫でてくれる。
 腹の底から喜びが込み上げる。自分もジャンに触れたい。けれど、勝手に触れてはいけないようがして、身体をフルッと震わせた。

「どうした?」
「俺も……ジャンに、触って……良いですか?」
「当たり前だろ」

 手を伸ばす。柔らかい頬に触れる。
 きめの細かい肌。その輝くような白い肌の下に流れる暖かい血潮。軽やかに動く筋肉。
 そこに触れる狂気と悦楽。
 けれど知っている。それよりももっと素敵な事を。もっと気持ち良くなれることを。
 ジュリオはジャンの赤く柔らかな唇に自らの唇を寄せ。その甘い吐息にうっとりと目を細めた。

「キス。しても良いですか?」
「良いよ。って言うか、この距離で聞くかなぁ?」

 呆れたように三日月型をした唇にそっと唇を落とす。悪戯するように飛び出した舌にペロリと唇を舐めあげられ、思わず身体が飛び跳ねる。
 蜂蜜色の蕩けるような瞳が、ジッと自分の目を見詰めていた。

「もっと深いキスはくれないのかよ?」

 少し拗ねたような言い方が可愛い。
 少し開いた唇の間から舌を暖かな口腔の中へ差し入れれば、それだけで体温と心拍数が上昇してしまう。
 こんなに緊張していることを知られるのは恥ずかしい事なのかもしれない。けれど、ジャンならばこんな自分も見抜いているのではないか。

「ジャン」
「ジュリオ」

 そっと細い手が伸びる。自分よりも小さいけれど、大きくて温かな手が髪をそっと撫で回してくれた。あっと声を上げて顔を離した途端、手に力が込められて顔が近付いてしまった。

「好きだよ。俺も」

 その言葉が耳に届くと同時に今度はジャンからキスが贈られる。
 それは、幸せな幸せな。偽りなどどこにもない、エイプリルフールの暖かな贈り物。



 次の日の朝。今日も穏やかな眩しい光がジャンに降り注いでいる。そんなのどかな空気を蹴破ったのは、イヴァンの怒鳴り声だった。

「ジャン! ってめぇ、嘘つきやがったな!」

 目の前でのんびりコーヒーをすすっていたジャンが、目を瞬き。それから、わざと考えるように天井を見上げた。

「しらばっくれようとしてんじゃねぇぞ! 俺が、忙しいってのにわざわざベルナルドのとこに行ったってのに!」

 イヴァンの後ろから姿を見せたベルナルドが肩を窄める。それを見たジャンがようやく微笑んで、ペロリと舌を出した。

「だって、お前ジュリオに嘘付いただろ。だからさぁ。しかえし?」
「なんでテメェがジュリオの仕返ししなきゃなんねぇんだ!」
「まぁまぁ。どうせ俺のところに報告があったんだろう。構わないじゃないか。おはようハニー」

 コーヒーを部下に注文し、ベルナルドがジャンの前の席に座る。その横にイヴァンも腰を下ろしたが、未だ興奮冷めやらぬ様子でギリギリとジャンを睨み付け、ファック、シットとスラングを吐き出す機械となっていた。

「あぁ、うっせぇな。朝からなんだってんだ。女に『イヴァァン。貴方の子供ができたのぉ』っとか言われたか?」
「んなヘマすっか!」
「あ、俺もコーヒー」
「聞けよ! ッテッメェラァァ!」

 再びファック、シットと叫び声を上げたイヴァンを眺めていたジュリオに、ジャンがチロリと視線を這わせた。目を瞬いてそちらをみると、可愛らしいウインクが一つ投げつけられる。

「あの……はい。そ、の……す……モゴ」
「あぁぁぁ、はいはいはいはい。分かった分かった。言わなくて良い」

 突然伸びた手に唇が塞がれ、言葉が遮られる。けれどジャンには言いたいことが伝わったらしい。横から見下ろした耳が、金糸から透けて見える耳の端が真っ赤に染まっていた。