FATE×Dies Irae2話―1
「――つまり、衛宮くんは魔術の存在については知っているのね?」
「ああ。と言ってもじいさ――親父は、俺が魔術を習うことにずいぶん難色を示してたからな。だから本当に初歩的なことしか……いや、もしかしたらそれすらもちゃんと教えてもらえたかどうか。けれどとりあえず、そういうものが世の中に存在するってことくらいは理解してるよ」
「そう。それにしても後継者の育成に興味が無かったり、管理者たる遠坂に一言の挨拶も無しに勝手にこの地に居座ったり、衛宮くんのお父さん、魔術師としては相当な変わり種だったようね。まあそのあたりの話は今はいいわ。さしあたって、衛宮くんが『こっち側』に一定の理解がある。それだけ分ければ十分。おかげで、ある程度面倒な説明も省けるし。さて――」
凛はいったん言葉をきり、おもむろに辺りを見回した。
場所は衛宮邸。
神父を退けた後、襲撃によって荒らされた邸内の修繕を最低限済ませた凛たちは、あらためて居間へと集い座卓を囲っていた。
凛。士郎。セイバー。そして司狼。
アーチャーはいない。念のため、今は外で周囲の警戒に当たらせていた。
マスターたる少女を一人セイバーの面前に残していくことに褐色の相棒は最後まで懸念を滲ませていたが、対する凛はと言えば、さほど今の状況に危機感を感じてはいなかった。
衛宮士郎。凛と同じく私立穂群原学園にかよう、同学年の男子生徒。
直接的な交流はほぼ皆無。互いに現生徒会長を介して過去に一、二度言葉を交わしたことはあったし、実はそれ以前から凛の側は一方的に彼のことを知っていたりもしたが、その関係はせいぜいが知人の知人レベルに過ぎない。当然彼の人となりなど知るよしもなかった。
だが他ならぬ桜が慕い、あのカタブツを絵に書いたような(そして凛の本性を見抜くほどの眼力を備えた)生徒会長までもが全幅の信を寄せる相手である。十分に信じるに足りよう。
現に士郎は、ランサーの撤退によって戦意の矛先をこちらに移したセイバーを制止し、この場での手だしを控えるよう、きつく厳命をしていた。
セイバーはセイバーで士郎の命令にいかにも不服そうな態度を隠そうともしなかったが、彼女もこんな序盤からマスターとの関係を悪化させるような真似にはおよびたくなかったのだろう。渋々といった様子で剣をおさめ、士郎の命を受諾した。
「人心地ついたところでで、そろそろ本題に入りましょうか」
「ちょい待ち」
すかさず待ったをかけたのは、司狼だった。
マスターでもなければサーバントでもない。ある意味この場における最大のイレギュラー。
一同の中で唯一出方も立ち位置も読めない彼だけは、凛も密かに強く警戒していた。
だが、そんなこちらの内心を知ってか知らずか、対する司狼には緊張感のかけらも見当たらない。
どっかりとだらしなく胡坐をかき、勧められてもいないのに卓に置かれた茶菓子の煎餅をばりばりと行儀悪く貪っている。
そのさまたるや、まるで我が家同然のくつろぎようだ。
指についた煎餅のカスをぺろりと舐め取り、司狼はちらりとセイバーに流し目を送る。
「その前にだ。――おい、そっちの姉ちゃん。いい加減空気読もうや。んな風にいつまでも殺気まんまんでいられるとよ、落ち着いて話もできないっつーの。つーわけで、ほれ、とりあえず座ろうや」
「…………」
そう言ってぽんぽんと気安い調子で畳を叩く司狼。
物言いこそふざけてはいたが、彼の言い分はもっともだった。
妙な動きを見せれば即座に斬り捨てる。士郎の傍らに無言で佇みながら、セイバーはその仏頂面にあからさまな威圧を漲らせていた。
いくら武装を解いているとはいえ、相手は英霊である。実害が無いと分かっていても、息が詰まってかなわない。
そして、どうやらそれは、セイバーを除く満場の見解であったらしい。
「セイバー」
半ばたしなめるように、もう半ばはとりなすように、士郎。
「……わかりました」
セイバーは不承不承といった態で殺気をやわらげ、彼の隣に着座した。
士郎が頷き、司狼がにやにやとした視線を寄こす。
今度こそ場が整ったのを確認し、凛はあらためて話を切り出した。
「そうね。とりあえずまずは、あらためて簡単な自己紹介からはじめましょう。私は遠坂凛。私立穂群原学園に通う高校二年生で、遠坂家の現頭首。遠坂家は由緒正しい魔術師の家系で、ここ冬木の地の管理者でもあるわ。管理者というのは、霊脈を整えたり、怪異霊障を解決したり……まあ、その地における魔術的な問題の責任者とでも考えてもらえばいいかしら。ちなみに私と一緒にいた彼はアーチャー。私のサーバントよ。サーバントとは何か、については、おいおい話すわ」
「――んじゃ、次は俺だな。遊佐司狼。とある魔術師どもを追いかけて、西へ東へ旅を続けるさすらいの魔術師にして永遠の十七歳だ。聖槍十三騎士団黒円卓……そっちの嬢ちゃんなら名前くらい聞いたことはあるだろ? 『俺たち』の狙いはずばりそいつらなわけだが、事の詳細については、まあとりあえず自己紹介が一巡した後でっつーことで。――そら、今度はお前の番だぜ」
「衛宮士郎。そっちの遠坂同様、穂群原学園の二年生だ。さっきも言ったように、親父から多少は魔術の薫陶を受けたが、そっち方面の知識は多分かなり乏しいと思う。今自分が置かれている状況もさっぱり分かってないし、正直情報交換なんて言っても、お前ら二人と違って特に語るべきことなんてないぞ。ああ、いや待て。一つだけあった。そういえばお礼がまだだったよな。さっきは助かった。ありがとう、遠坂、司狼」
そう言って、生真面目に頭を下げる士郎。
「べ、別にお礼なんていいわよ! 私はただ遠坂の人間としての務めを果たしただけ! 衛宮くんのためなんかじゃないんだから! か、勘違いしないでよね!」
「――って、人の声色使って何勝手なことのたまってんのよ、あんたは!?」
「……いや、嬢ちゃんはきっとツンデレ属性だと思ってな」
けらけらと笑いながらわけのわからないことをのたまう司狼を、凛はこめかみに青筋を立て、ぷるぷると拳を震わせながら、きつく睨みつける。
薄々勘付いてはいたが、どうも自分とこの男とは相当に相性が悪いらしい。それも、こちらが一方的にだ。
「……セイバーです」
最後に、セイバーがぽつりと呟く。
「ほんと、愛想のねえ姉ちゃんだな」
まあ仕方あるまい。他のマスターのいる前で、ぺらぺらと己の身の上を喋るサーバントなどいるわけがない。
「さて、んじゃあ互いに名乗りも済んだことだし、まずは言いだしっぺの俺から知ってることを洗いざらいといきますか」
「待ちなさい。それなら私から話すわ。多分、順序としてはそっちのほうが状況を整理しやすいはずよ。何はともあれ、今この街を取り巻く状況の中心が聖杯戦争であることは疑いようがないもの」
◆◆◆
「――つまり、今その街では聖杯戦争とか言うバトルロワイヤルが行われていて、どういうわけか召喚されたサーバントの中に、あの神父がまぎれていた、と」
『まあ要約すると、そういうことらしいわ。どう思う?』
「ああ。と言ってもじいさ――親父は、俺が魔術を習うことにずいぶん難色を示してたからな。だから本当に初歩的なことしか……いや、もしかしたらそれすらもちゃんと教えてもらえたかどうか。けれどとりあえず、そういうものが世の中に存在するってことくらいは理解してるよ」
「そう。それにしても後継者の育成に興味が無かったり、管理者たる遠坂に一言の挨拶も無しに勝手にこの地に居座ったり、衛宮くんのお父さん、魔術師としては相当な変わり種だったようね。まあそのあたりの話は今はいいわ。さしあたって、衛宮くんが『こっち側』に一定の理解がある。それだけ分ければ十分。おかげで、ある程度面倒な説明も省けるし。さて――」
凛はいったん言葉をきり、おもむろに辺りを見回した。
場所は衛宮邸。
神父を退けた後、襲撃によって荒らされた邸内の修繕を最低限済ませた凛たちは、あらためて居間へと集い座卓を囲っていた。
凛。士郎。セイバー。そして司狼。
アーチャーはいない。念のため、今は外で周囲の警戒に当たらせていた。
マスターたる少女を一人セイバーの面前に残していくことに褐色の相棒は最後まで懸念を滲ませていたが、対する凛はと言えば、さほど今の状況に危機感を感じてはいなかった。
衛宮士郎。凛と同じく私立穂群原学園にかよう、同学年の男子生徒。
直接的な交流はほぼ皆無。互いに現生徒会長を介して過去に一、二度言葉を交わしたことはあったし、実はそれ以前から凛の側は一方的に彼のことを知っていたりもしたが、その関係はせいぜいが知人の知人レベルに過ぎない。当然彼の人となりなど知るよしもなかった。
だが他ならぬ桜が慕い、あのカタブツを絵に書いたような(そして凛の本性を見抜くほどの眼力を備えた)生徒会長までもが全幅の信を寄せる相手である。十分に信じるに足りよう。
現に士郎は、ランサーの撤退によって戦意の矛先をこちらに移したセイバーを制止し、この場での手だしを控えるよう、きつく厳命をしていた。
セイバーはセイバーで士郎の命令にいかにも不服そうな態度を隠そうともしなかったが、彼女もこんな序盤からマスターとの関係を悪化させるような真似にはおよびたくなかったのだろう。渋々といった様子で剣をおさめ、士郎の命を受諾した。
「人心地ついたところでで、そろそろ本題に入りましょうか」
「ちょい待ち」
すかさず待ったをかけたのは、司狼だった。
マスターでもなければサーバントでもない。ある意味この場における最大のイレギュラー。
一同の中で唯一出方も立ち位置も読めない彼だけは、凛も密かに強く警戒していた。
だが、そんなこちらの内心を知ってか知らずか、対する司狼には緊張感のかけらも見当たらない。
どっかりとだらしなく胡坐をかき、勧められてもいないのに卓に置かれた茶菓子の煎餅をばりばりと行儀悪く貪っている。
そのさまたるや、まるで我が家同然のくつろぎようだ。
指についた煎餅のカスをぺろりと舐め取り、司狼はちらりとセイバーに流し目を送る。
「その前にだ。――おい、そっちの姉ちゃん。いい加減空気読もうや。んな風にいつまでも殺気まんまんでいられるとよ、落ち着いて話もできないっつーの。つーわけで、ほれ、とりあえず座ろうや」
「…………」
そう言ってぽんぽんと気安い調子で畳を叩く司狼。
物言いこそふざけてはいたが、彼の言い分はもっともだった。
妙な動きを見せれば即座に斬り捨てる。士郎の傍らに無言で佇みながら、セイバーはその仏頂面にあからさまな威圧を漲らせていた。
いくら武装を解いているとはいえ、相手は英霊である。実害が無いと分かっていても、息が詰まってかなわない。
そして、どうやらそれは、セイバーを除く満場の見解であったらしい。
「セイバー」
半ばたしなめるように、もう半ばはとりなすように、士郎。
「……わかりました」
セイバーは不承不承といった態で殺気をやわらげ、彼の隣に着座した。
士郎が頷き、司狼がにやにやとした視線を寄こす。
今度こそ場が整ったのを確認し、凛はあらためて話を切り出した。
「そうね。とりあえずまずは、あらためて簡単な自己紹介からはじめましょう。私は遠坂凛。私立穂群原学園に通う高校二年生で、遠坂家の現頭首。遠坂家は由緒正しい魔術師の家系で、ここ冬木の地の管理者でもあるわ。管理者というのは、霊脈を整えたり、怪異霊障を解決したり……まあ、その地における魔術的な問題の責任者とでも考えてもらえばいいかしら。ちなみに私と一緒にいた彼はアーチャー。私のサーバントよ。サーバントとは何か、については、おいおい話すわ」
「――んじゃ、次は俺だな。遊佐司狼。とある魔術師どもを追いかけて、西へ東へ旅を続けるさすらいの魔術師にして永遠の十七歳だ。聖槍十三騎士団黒円卓……そっちの嬢ちゃんなら名前くらい聞いたことはあるだろ? 『俺たち』の狙いはずばりそいつらなわけだが、事の詳細については、まあとりあえず自己紹介が一巡した後でっつーことで。――そら、今度はお前の番だぜ」
「衛宮士郎。そっちの遠坂同様、穂群原学園の二年生だ。さっきも言ったように、親父から多少は魔術の薫陶を受けたが、そっち方面の知識は多分かなり乏しいと思う。今自分が置かれている状況もさっぱり分かってないし、正直情報交換なんて言っても、お前ら二人と違って特に語るべきことなんてないぞ。ああ、いや待て。一つだけあった。そういえばお礼がまだだったよな。さっきは助かった。ありがとう、遠坂、司狼」
そう言って、生真面目に頭を下げる士郎。
「べ、別にお礼なんていいわよ! 私はただ遠坂の人間としての務めを果たしただけ! 衛宮くんのためなんかじゃないんだから! か、勘違いしないでよね!」
「――って、人の声色使って何勝手なことのたまってんのよ、あんたは!?」
「……いや、嬢ちゃんはきっとツンデレ属性だと思ってな」
けらけらと笑いながらわけのわからないことをのたまう司狼を、凛はこめかみに青筋を立て、ぷるぷると拳を震わせながら、きつく睨みつける。
薄々勘付いてはいたが、どうも自分とこの男とは相当に相性が悪いらしい。それも、こちらが一方的にだ。
「……セイバーです」
最後に、セイバーがぽつりと呟く。
「ほんと、愛想のねえ姉ちゃんだな」
まあ仕方あるまい。他のマスターのいる前で、ぺらぺらと己の身の上を喋るサーバントなどいるわけがない。
「さて、んじゃあ互いに名乗りも済んだことだし、まずは言いだしっぺの俺から知ってることを洗いざらいといきますか」
「待ちなさい。それなら私から話すわ。多分、順序としてはそっちのほうが状況を整理しやすいはずよ。何はともあれ、今この街を取り巻く状況の中心が聖杯戦争であることは疑いようがないもの」
◆◆◆
「――つまり、今その街では聖杯戦争とか言うバトルロワイヤルが行われていて、どういうわけか召喚されたサーバントの中に、あの神父がまぎれていた、と」
『まあ要約すると、そういうことらしいわ。どう思う?』
作品名:FATE×Dies Irae2話―1 作家名:真砂