何でもない日賛歌
御丁寧に正の字を消しにかかってるし、こいつ本当に誘拐され(かけた)ことを分かっているんだろうか。
「そっか、じゃあこれ。」
靴下の入った袋を手渡す。
「靴下を替えるだけならそこらで出来るだろ。」
『感謝する』手帳から一本線を消して文字を指した彼女はそそくさとものかげへ。一分も経たずに帰って来た。コンビニの袋に入った汚れた靴下を受け取って、「学校で返すから」との言葉にこくりと頷く。
『帰る』「一緒に」
一緒にの言葉を手帳に書き留めてぎゅっと手を握られた。うーむなんだか懐かれてしまったようだ。
「柚々一人じゃ駄目かな。」
「あ、ああ」声を出しにくそうに眉を顰めて小さく呟いて、はっと手帳を捲って言葉を探しにかかった、すぐお目当ての言葉が見つかったようでページを目の前に突きつけられた。
『コンビニ』『会った』「だから」『遅くなった』『言い訳』「だめ?」
あーなるほど。ぼくと会って話をしてたから遅くなったと、そういう言い訳をしたいわけだ。それはこちらとしても願ったり叶ったりである。柚々にはまーちゃんの悪癖を黙っていて欲しいしご家族にも心配をかけることはない。嘘も方便とはこのことだねと意味のない嘘を吐いて「わかったよ。夜路は危ないから家まで送る。」脊髄反射で嘘がべらんと顔を出した。
「あ、あり、ありがと」
何についての謝礼なのかは今一つ掴めないけれど「どういたしまして」と返すだけの余裕はある。
煌々と明かりを灯すコンビニを後にしてぼくは柚々を送り届けるためにてくてく夜路を歩いてった。ああ、今日は何もない日だった。くっだらない日常万歳!と心の中で万歳三唱して柚々に聞こえない程度の声量で言った「半分くらい、嘘だけど。」何もない日のところは、本当のカテゴリに入れておこう。