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及川さんと月島くん

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あの人が乗り込んできたことにはまったく気付いていなかった。僕は向かいあわせになった四人がけの席で、後ろに流れ行く家々の光を何ともなしに眺めていた。すると男子高校生が一人、向かいに座り込んだのだ。大きめの駅を通り過ぎたばかりの電車はガラガラで、席はいくらでも空いていたから、あえて他人と向かい合う必要などないはずだった。対角線ならまだしも、真正面になんか。
 伸ばしていた脚を引っ込める気にもならず、頭を窓側へ傾けたまま、僕は視線をちらと動かした。動かして、戻せなくなった。
「……アンタは」
 つい声に出してしまった。素知らぬふりをするには時既に遅し、思い切り眉を顰めた僕に、青葉城西バレーボール部の主将はニコッと笑ってみせた。ついで指で自分の耳のあたりをトントンと示した。一瞬遅れて、ヘッドホンのことを言っているのだと分かった。周囲の雑音を遮断するためにつけていたのであって音楽を流してはいなかったが、傍から見れば区別はつかないだろう。ヘッドホンを下へズラすと、その人――王様の中学時代のチームメイトでもある『及川さん』――は言った。
「俺のこと覚えてる?」
 苦り切った表情が答えになったらしかった。先週やったばっかだもんねえ、さすがに忘れられないか。喜色を帯びた声音に奥歯を噛み、けれど表には出さずに、青城の主将さんがいったい何の用ですかと、目を逸らしながら呟いた。僕の両脚の間にうまく自分の右脚を投げ出して、別に、と彼は微笑った。「見知った顔を見つけたから話しかけてみただけだよ。烏野の一年生くん」
「人の迷惑とか考えなかったんですか」
「メーワク」まるで異国の言葉のように発音し、彼は首をかしげた。「誰かと一緒ならともかく、そういう気遣いが必要な場面じゃないと思ったけど。あ、そいえばレシーブ。うまくなった?」
「……一朝一夕じゃ」
 うまくなんないよねー、と歌うように続けた。レシーブってのはさあ、長い時間かけて身体に教えこまなくちゃいけないんだよね。あの人ああやって人ひっかき回すの好きなだけなんです――後輩として苦渋を舐めていたのだろうか、王様が言っていたのを思い出した。あとすごく性格が悪い。僕を引き合いに出し、目を釣り上げて『及川さん』を睨んでいた。
 彼は明らかな拒絶の態度をもろともせず、「何聞いてたの? 洋楽? 意外とAKBだったり?」
 何も、と素直に告げたら笑われそうなので黙っていれば、俺にもちょっと聞かせてよ、と調子に乗って要求してくる。降車駅まではあと五分もなかった。本当は誰にも使わせたくないけれど、音楽でこのうるさい口を塞げるなら、大人しく貸してやるのが得策かもしれない。僕は首にかけたヘッドホンを外し、嫌々ながら差し出した。しかし彼は受け取らずに、
「……君さあ」と厭味に口角を上げた。「モテるけど、長続きしないタイプでしょ」
「は?」
「こういうときにヘッドホン寄越す男ってどうかと思うわけ」
 わざとらしいため息をつき、鞄に手を突っ込んでがさごそやりはじめる。あった、と取り出されたものが何か確認する間もなく、彼は僕のヘッドホンのコードを手繰り寄せて大元のiPhoneを引っ張り出した。プラグが抜けた。けれど刺し直すことはせずに、自分の持っていたイヤホンのプラグを代わりに突き刺した。
「ほら」と差し出されたコードの先端は、幸いにもゴム製のやつではなかったが、何故分かち合わねばならないのか僕には理解しかねた。しかし彼はいささかもためらわずにもう一方の先端を耳に押し入れると、窓枠に肘をついて前傾し、促すようにiPhoneの画面を叩いた。やけに近いんですけど。鼻先に迫る前髪から後退ると、「うん、でも距離はつめるためにあるんだし」
 タイミングを見計らったように、カーブに差し掛かった車両が大きく揺れて膝と膝がぶつかった。指で摘んだままのイヤホンのスピーカーから、今朝聞いていたアルバムの一曲が小さく流れ始めた。
作品名:及川さんと月島くん 作家名:マリ