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及川さんと月島くん

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 毎回買ってくれなくてもいいんだよ、顔だけでも見せてもらえればさ、と笑いかけながら首筋に刺々しい視線を感じた。いつものことだ。カウンターの下で追い払うように手を振るとすっと消えた。
「でも今日のそれは自信作」レジに金額を打ち込みながら言うと、何かにつけて贔屓にしてくれる、近くのオフィスビル勤務の女の子二人は、「ここのケーキ本当に美味しいから」と非のつけどころのない笑顔でもって応じ、冬の新作への期待をほのめかせて去っていった。俺はひらひらと、今度はきちんとカウンターの上で手を振った。二人の姿が角を曲がるまでそうしていた。
「及川さん」
 冷たい水に手をさらしていたら、鏡の奥に彼の長身が映りこんだ。ドア枠に寄りかかって腕を組んでいるその姿は、女性向けのカフェ探索本に載っかっていても遜色ないくらい、むしろ彼を載せずに誰を載せるんだと言いたくなるくらい、ギャルソン姿が板についていた。開店当初は全然使い物にならなくて、でも見目だけは最初っからよかった。すっきりした目鼻立ちのせいか、ブリーチで色を抜いた金髪も不思議と品のいい印象を与える。紙ナプキンを放り捨て、「なあに」と振り向いた。彼の眉間の皺は、鉛筆でも挟めそうなほど深かった。
「接客は僕の仕事なんですけど」彼は冷ややかに言い放ち、多分わざと、くいっと顎を上げた。細身ながら190センチを超える長身だ。台にでも乗らない限り、見おろされるかたちになる。「呼んでくれれば出てくんで、奥引っ込んでてくださいよ」
「……あのねえ」
 洗面台に寄りかかって、下から突き上げるように彼を見上げた。
「二人なんだからそこらへんは柔軟にいかないと。俺だってたまにはお客さんの反応も見たいんだよ。直接話さないと分からないことってあるから」
「アンタの目的、そっちじゃないでしょうが」
「どういう意味?」
 問いかければ、ハ、と馬鹿にしたように息を漏らす。「言わなくても分かるでしょ」
 そしてくるりと背を向けた。まったくもう、と俺は一人で肩をすくめる。言わなくちゃ分からないことの方が世の中にはよっぽど多いんだよ、みんながみんな君みたいに、賢い子ばっかじゃないんだからさ。店の方に頭を突き出して、ヤキモチ焼くならもっとかわいくやってくれないかなあ。届くか届かないかの音量で投げかけたら、すらっとした背筋はぎしりとこわばり、白い首筋は頑なさを増し、それからクローズまで一度も口をきいてもらえなかった。
作品名:及川さんと月島くん 作家名:マリ