LOVERS' KISS
「まぁ、いろいろと。勉強や訓練と同じですよ。予習と、復習と、あとは実践あるのみです」
「誰と、実践してるって~?」
「それは秘密です」
明日は座学が数コマ予定されているだけで、特別に用事はないはずだった。出来ることならこのままジャックと一緒に寝ていたかった。廊下から消灯時間を知らせる寮長の号令が聞こえる。廊下や寮のサロンでくつろいでいた候補生たちの、ぞろぞろと部屋に戻る足音が遠くで聞こえた。
「……どうしますか」
トレイとしては、ジャックをこのまま部屋に泊らせることに不満はなかった。正直、ジャックがこれほどまでにトレイに答えてくれると思わなかったのだ。頃合いを見て「冗談でした、すみません」と謝るつもりだったし、ジャックから一発ぐらい殴られるのも覚悟の上だった。
それが、どうだ―――。
ほのかな期待をしながらジャックにトレイは問うたが、トレイの望んだ答えは返ってこなかった。
「あ。僕、帰らなくちゃ。寮長怖いからねぇ~。あの人、クイーンタイプだとおもわない?」
ジャックはこのまま部屋に居座ったら、トレイがこの先を望むことに気付いたのだろう。極力明るい声を出して、勢いよくトレイのベッドから立ち上がった。
「ジャック!」
「じゃあね、トレイ。また明日」
トレイの制止の声も聞かずに、何事もなかったようにジャックはトレイの部屋を出て行ってしまった。ジャックのことだから、明日になっても今までと同じようにトレイに接してくれるだろう。その先に進むのは、トレイ次第、ということか。
「いやはや。なかなか上手くいかないものです。それにしても無自覚というのは恐ろしいですね……。でも、今日はこれくらいにしておいてあげます」
ジャックに逃げたれたものの、トレイの胸は満足感で満たされていた。ベッドにはまだジャックの匂いと温度が残っている。ジャックの指の感触も、不器用に答えてくれる舌の感触も、すぐには忘れられそうにない。意識していないとすぐに顔の表情が緩んでしまうのは、仕方ないだろう。
これはこれで、素晴らしい誕生日になったのではないだろうか?
「あぁ、そういえば。すっかり忘れてしまいましたね」
ローテーブルには冷えたコーヒーの入ったマグカップが二つ、持ってきたときと同じ状態のまま並んでいたが、それを片づけることなくトレイは眠りについた。
作品名:LOVERS' KISS 作家名:ヨギ チハル