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ヨギ チハル
ヨギ チハル
novelistID. 26457
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LOVERS' KISS

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 喉元まで出かかった言葉を、ジャックは飲み込んだ。そんなことを言ったら、トレイが気分を害してやめてしまうかもしれない。それに、なにより止めて欲しくないのは、ジャック自身だった。
「あっ」
止めて欲しくない、と自覚してジャックは急に体温が上がったように感じた。
柔らかいガナッシュの入ったチョコレートは、すでに溶けてしまったようだ。ちゅう、と指先に絡まるチョコレートの残滓もすべて吸い上げられた。指先はトレイの舌しか感じない。候補生にとって武器を扱う手は何よりも大事なものだ。それはジャックも同じで、トレイはけして歯を立てるようなことはしなかった。それでもときどきトレイの犬歯が当たるのを感じる。
普段おしゃべりな口はこんなことも器用にやってのけるのか、と的外れな感心をジャックはしながら、指先に意識を集中する。
僕だったら、興奮したら絶対、指噛んじゃうな。
指を舐められているだけなのに、頭がぼうっとする。働かないのぼせた目でジャックはトレイを見つめるが、いつもと変わらない端正な顔がそこにあった。目を閉じて、ただ夢中でジャックの指を舐めているということ以外は、普段と何も変わらない。女の指と違って皮の厚い、まめだらけな、節くれだった男の指など、舐めても面白くないだろうに。
でも、気持ちいい―――。
はふ、とジャックが息をもらすと、舐めしゃぶる口はそのままに、不意に目を開いたトレイと目があった。満足そうに笑っている。
「あ……トレ、」
見計らったように、薬缶からお湯が沸いた音がした。二人してはっと簡易キッチンの方へ顔を向けると、すぐさまトレイは立ち上がった。

「トレイ、トレイ。お湯沸いてる」
「あぁ、失礼しました」
 トレイの後姿を見送ると、ふぅう、と息を吐いてジャックはトレイのベッドに倒れこんだ。舐められていた指先を見れば、若干ふやけている。頭は依然としてぼんやりしていて、のぼせているようにくらくらする。
「どうしよう……このまま流されそー……」
 それでもいいと思った。
 トレイとジャックは別段、つき合っているだとか、身体の関係があるだとか、そういうわけではない。以前から外局できょうだいとして家族同様に暮らしてきたから、その延長だ。強いていえば、犬猫の戯れに近いだろう。トレイとジャックの間に限らず、エースやナイン、エイト、キングに対しても同様だ。ただ、最近トレイからジャックに対するスキンシップがいささか過剰になってきたようには思う。けれど問題なのはそれがジャックにとって嫌なことではない、ということだった。さすがにこの歳になると眠れない夜に添い寝をしたり、してもらったりすることはなくなった。だが万が一トレイに求められたなら、断ることはないだろうなとジャックは思った。
カチャカチャとカップの擦れる音がして、そのあとふんわりとしたコーヒーの匂いが部屋に漂う。二つのマグカップを持って、トレイが戻ってきた。
「お待たせしました」
ベッドの向かいに置かれたローテーブルに、トレイは湯気の立つマグカップとベッドの上に無造作に置かれていたチョコレートの箱を置いた。
「さっきのチョコ。おいし、かった?」
「えぇ、とても。そうだ、ジャック。あなたもお一ついかがですか」
「え、いいのぉ」
「もちろん」
 トレイは箱の中から白いシュガーパウダーでまわりを覆われたトリュフを、一つつまんだ。そのまま口に入れてくれるものだと思ってジャックは待っていたのに、トリュフはトレイの口の中におさまってしまった。
「あれ~?」
「口あけて下さい」
 ベッドに寝転んでいたジャックの上に覆いかぶさるように、トレイが身を倒してくる。トレイとジャックは、体格差はほとんどない。身長ならばトレイの方が数センチ、体重ならばジャックの方が数キロ、多いかどうかといったぐらいだ。しかしいくら十代とはいえ、候補生として身体づくりをしている二人は大人と同様である。成人男性と同じ体重に圧し掛かられれば、誰だって重い。それを気遣ってか、トレイはジャックに極力体重をかけないようにしていた。
 ジャックの顎をトレイは上向かせて口を開けさせる。その行為にジャックからの、拒絶はなかった。コロン、と飴玉よりも一回り大きなトリュフが口移しでジャックの口の中に押し込まれた。
「ん、ぅ……」
「いいですか、ジャック。噛んだら虫歯になりますからね。口の中で溶かすんですよ」
「絶対嘘でしょ、それ。僕のこと馬鹿にしてない~?」
 くすくすと笑うトレイにジャックは眉を寄せた。でも思い返してみれば、さっきもトレイは舐めてはいたけれど、チョコレートそのものは噛んではいなかったかもしれない。
「でも、噛んだら駄目です」
 ふふ、と笑ってトレイはまたジャックに口づけて、ジャックの口内にあったトリュフを器用に自分の口の中に移した。柔らかいガナッシュのせいで、最初に口に含んだときよりも二重三重に小さくなっているようだったが、鼻に抜ける香りは、甘い。口の中で数回転がすと、トレイは飽きずにまたジャックの口の中にトリュフを移してきた。
「ん、ん……ふっ」
「これはシャンパンですね。知っていましたか、お酒の入っているチョコレートはアルコール成分で身体の血行が良くなって、リラックス効果があるんです」
「ふーん……ん、んぁ」
 トレイの声は耳に心地良いけれど、話の中身は全く頭に入らなかった。先ほどまでジャックの指を執拗に舐めていたトレイの舌は、今はジャックの舌に無遠慮に絡まる。いつだって紳士的な態度を崩さない普段のトレイからは、想像もつかない姿だろう。舌だけじゃない。上顎も、歯列の裏まで舐められて、ジャックは頭がどうにかなりそうだった。
冷めかかっていた熱が、またぶり返してきそうだ。のぼせたように、頬が火照る。チョコレートのアルコールぐらいで酔うはずなどない。ではこの熱は一体何だろう。
「ジャック……」
トリュフはとうに溶けきって、今は甘ったるい香りだけを残していた。だがそれでもくちゅ、と濡れた音を立て、角度を変えながらキスは続いた。それがチョコレートの溶けたものなのか、それともお互いの唾液なのかもわからないまま、何度も蜜を飲み干した。
こんなの、家族や兄弟とするキスなんかじゃない。
これは。
これは恋人とするキスだ。
恋人とするキスがどんなものなのか、ジャックはまだ知らなかった。それでもトレイのキスがどんな意味を持ったものであるのかぐらいはジャックにもわかる。
両頬をトレイの手のひらに抑え込まれて、さらに深いキスをされる。逃げられない。髪の中に指を差し入れ、髪を乱されるように撫でられるが、それも気持ちがいい。駄目だ。触れている唇も、撫でられている髪も、のぼせたような頭も、何もかもが気持ちいい。もっとキスしたい。もっと続けていたい。だが息だけはどうしても続かなかった。
「……ぶぇっ」
 いい加減苦しくなって、噴き出してからジャックは大きく息を吸い込んだ。色気もそっけもないジャックの上げた声にトレイは一瞬驚いたような顔をしたが、つられて笑った。
「くっ、ジャック。あなたという人は」
「トレイこそ、なんだよ~。あんなやらしいキス、ずるいよぉ。いったいどこで覚えたのさ」
作品名:LOVERS' KISS 作家名:ヨギ チハル