LOST ①
「ずっと考えてたことがあった…。その答えがこれだ」
平古場はもう一度、黒い箱を木手へと差し出してくるが、受け取ることはせず続く言葉を待った。"理由"をまだ平古場の口から聞けていないからだった。
「わんは、ずっと永四郎の傍にいたい。裕次郎よりも、慧くんよりも、他の誰よりも」
ざわり、と不愉快な感情が胸をよぎる。数分前に、木手が感じて否定した感情を、平古場は臆することなく目の前に突きつけ様としている。視界が揺れて足元が覚束無い感覚に襲われた。
木手の脳内に閃く記憶は、昼間の女生徒の姿。そして、その姿が目の前にいる平古場と重なる。そんなはずが無いと、理解出来ない、受け入れられない現実をただ否定することしか出来なかった。
「だから、永四郎……。わんは……やーの、ことが……」
一瞬、彷徨った瞳はすぐに真っ直ぐに木手を見つめた。緊張を帯びた表情と、少し高揚した頬を無表情に見つめて木手は口を開いた。
「まさか、好きだとでも言うつもり?」
平古場は瞳が大きく見開いて、次に口にする言葉を失った。その様子から木手は、先ほど伝えた言葉が間違っていなかったこと感じた。そして、呆然と佇む平古場に向って冷笑する。
「やはりそれは、受け取れませんね」
それだけ言うと、木手はそのまま家へと姿を消した。その後ろ姿を、言葉を無くした平古場はただ見つめることしか出来なかった。
***
その後、どうやって家へと帰って来たかよく覚えていなかった。ただ、手には木手へと渡すはずだったプレゼントが握られたままだった。
今も、机に置かれたそれを平古場は顔を上げて見つめた。
黒い包装紙、光沢のある紫色のリボン。
どれも木手の好きな色。だからこそ選んだものだった。
不要になったそれを手元へと引き寄せて、表面をそっと撫でる。木手の誕生日はもう終わったのだと、先ほど時計と携帯で確認した。
そして、平古場の木手への想いも終わってしまったのだと、客観的に理解していた。
受け取られなかった、それ以上の木手からの答えなどない。諦めるしかないと、何度も己自身に言い聞かせた。それなのに、手元にある黒い箱が心隅にある感情を刺激する。きっとそれは、未練という名の感情だ。捨てきれない感情が平古場の胸を締め付けて、苦しくて悲しかった。それを消したくて、黒い箱を掴むとそのままゴミ箱へと投げ入れた。動揺したままの状態で投げた所為で、力加減を間違えてしまい、箱は壁へと当たり、ゴミ箱の近くへと落下した。小さく舌打ちをし、それを横目で見たが特に捨て直すことはしなかった。
中途半場に落ちたその箱は、木手への想いを捨てることも出来ずにいる、まるで今の平古場の様だと思った。
平古場のこの想いを、受け入れられるとは思っていなかった。寧ろ逆だった。
けれど、好き相手の特別な日に何か渡したかった。
仲間と一緒にではなく、平古場という一人の男として。見返りが欲しいわけでも、同じ気持ちを返して欲しいわけでもなかった。ただ何かをしたかっただけだ。平古場の独りよがりだということは分かっていたが、ああいう形で拒否されるとは想像していなかった。
告白すらまともにさせてもらえず、一言で切って捨てられた。木手にしてみれば、同性からの告白など気持ち悪いだけだろうから、仕方ないと思えたし、始めからそういう反応を返される覚悟もあった。
けれど、実際に目の当たりにすれば落ち込まずにはいられなかった。
行き場のない感情が胸に溢れ、先に進むことも後に戻ることも出来なかった。
プレゼントなど渡そうとしなければ良かったと思う反面、このままずっと感情を隠して過ごすことは出来なかっただろうと思った。きっと何時か溢れてしまのなら、どうせ結果は変わらないのだから、何時でも同じことだろう。
「永四郎」
特別な相手の名前を愛しさを込めて囁く。額の前で両手を組み、祈るようにそっと木手へと伝えられなかった言葉を紡いだ。
「……しちゅん」
言葉にすることすら許されなかった想いが、ひっそりと暗闇に溶けて消えた。