ヒーローになれなかった男
そんなことしちゃ だめだ!
誰だお前、誰だ。あー、久しぶりすぎてわからなかった。いやさっき思考トリップしてたけど喋ってたのは俺で俺は俺自身見かけなかったわけだし。
俺か。ガキの頃の。
たとえわるいやつでも はなせばわかってくれるんだ きずつけるなんて だめだ ぜったいに だめだ!
これはあれか、奇跡的に残っていた俺のノミ蟲への良心の擬人化か?とりあえずいわせてもらおう。確かにテレビでも話してわかってくれた悪者はいたが、大概はヒーローがボコ殴りにしてちゅどーんっで終わりだ。正義は栄えて悪は滅びる。新羅風に言うと勧善懲悪だ。俺が正義だなんてことは毛頭いわねぇが奴が悪ってことはそれこそノミがみても明らかだろ現実を見ろよ坊主。それに今までアイツが俺に何をしたのかわかってんのか。例えガキでも俺自身ならそこんところはわかってんだろ?ノミ蟲に人権なんて必要ねぇんだよこれはただの害虫駆除だわかったかわかったなじゃあとにかく消えてくれ。
ひーろーは そんなこと しない!
ヒーロー、な。
自分の格好を見てみた。俺の手は赤い公共利用物にかかっており、今からこれを持ち上げて奴に投げる、つもりだ。これを投げたら普段ここの自販機を利用する人が困るかもしれない、けれどきっと平和島静雄がやったんだろう、で一件落着だ。そしてこれを投げたらおそらく奴に当たる、いや当てる。そうすれば池袋、いや日本、もしかしたら世界平和に貢献したことになるだろう。こいつは「百害あって一利なし」を具現化したような存在で臭いだけでも俺に害を及ぼす奴なのだから、このままうようよさせておけばその害をもっとばらまくにきまっている。臨也にぶつかった自販機はきっとぶっこわれてまた社長に肩代わりしてもらうことになるんだろうが、それは申し訳なく思うけれども俺の給料から天引きすることになっているしこいつがいなくなるおかげで俺の破壊活動も半減、いやそれ以上減るに違いない。
こうして池袋は平和になった。ジ・エンド。完璧じゃねぇか。
必死で俺の服を引っ張る子供を振りほどき、俺は目の前の自販機の赤い体に手をかけて、ノミ蟲に向かって大きく振りかぶった。
作品名:ヒーローになれなかった男 作家名:草葉恭狸