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春休み現在進行形

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 「もしもし、雷蔵?」
  兵助の番号には懐メロを設定している。90年代のヒットソングは馴染みがあるようでないけれど、それでも耳に残るようにと作られた歌謡曲を21世紀の高音質が歌い上げるたび、なんだか照れさくくすぐったいような心地がする。そしてそれは僕にとっての兵助の存在のようだった。わずかな課題だけ課されて解き放たれた春の日、窓の外で吹く風は冷たいのだろうけれど、日のあたる僕の部屋で兵助の声はまどろみを誘うようなやわらかさをもっていた。
 「今、いい?」
 「かまわないけど、僕が答えられるような内容?」
 学科の成績のみならず、おおよそ比べられるものに関してはすべて、僕よりも兵助の方が優秀だ。もし兵助が課題問題集の何ページの解法がわからないだとか、組成式の問題が解けないだとか、そんなことを聞きたいのなら相手は僕ではいけないし、今度の委員会の予定を組み直したいだとかそういう相談なら、兵助ひとりの頭で考えた方がよっぽど効率的なのだ。もっとも、学年末テストで1つとはいえ赤点を取って、進級単位認定試験のために僕が泣きついた相手は兵助であるし、生徒会の事務仕事をやればその手直しを入れるのも兵助であるのだ、そんなことで僕に電話がかかってくるはずはないのだが。
 「別に、大したハナシじゃねえよ」
 受話器越しに穏やかに声を震わせて、兵助は笑った。瞼を下げ、長い睫毛を伏せて、頬を緩ませて口角を上げる。その安穏の笑みは見る者が変われば珍しいものだ。落ち着いた低い声に眼尻が下がる。はちや三郎といるときは忙しく動いている口が、今はのんびりと言葉を選ぶ。僕と兵助の間にはゆったりとした流れがあって、それははちや三郎がどれだけ兵助と、あるいは僕と仲が良くても作りえないものだと自負している。僕も兵助もふたりでいる平和なときが嫌いではなかった。陽気のせいか顔がほてる気がして窓をわずかに開ける。サッシを擦る音とともに、思ったよりもあたたかな空気が僕の顔を撫でた。
 「なんとなく、電話しようかと思ったんだ」
 少しだけ驚きに瞼が開いたのがわかる。それは兵助の言葉としては耳慣れない言葉だ。兵助はたいていの場合話の内容を簡潔に話したがるところがあったし、到着点のはっきりしない話題を口にすることは少ない。″なんとなく″で話題を投げかけるほど、兵助は行き当たりばったりの人間ではないのだ。
 「課題は?雷蔵のことだからまだ終わってはないんだろうけど、順調か?」
 「うん?そんなの、わかりきった話じゃないか。春休みは今日でちょうど半分だよ。ということは、課題も半分終わってるってことさ」
 ぎい、と、鈍い音が聞こえた。兵助の勉強机のイスは明らかに許容量オーバーで、高校生になった兵助を支えるのには荷が重かった。イスの上で姿勢を変えるたび、小さくきしむのだ。
 「つまり、課題の完成は春休み最終日だと、そういうこと?」
 半分しか終わってないってことだろ。兵助はそう言って、今度は声を出して笑った。おまえのすごいところは、そのペースでやってて課題を落とさないところだよ。
 「兵助は?物理が残ってるって言ってなかったっけ?」
 「ああ、もうちょい残ってる。でも、大丈夫だよ。ラスト3日にはみんなまとめて面倒みてやるから」
 「はちはやってるのかなあ?」
 「答えのわかってる質問をするなよ……」
 長期休暇の最後3日、いつからだろう、僕たちは「宿題完成合宿」をするようになっていた。中学2年のときは4人の書道の課題はみんな同じ字体になっていたし、小学校6年のときは4人とも同じ本で書いた読書感想文を提出した。課題のまる写しを最後までしぶるのは兵助で、それを陥落するのは、はちだった。神々しいまでに真っ白のはちのノートを見て、兵助が怒鳴り散らしたこともある。癖のありすぎる三郎の文体をなんとか各々自力で書いたかのように見せたくて、そのせいで、いちから自力でやっていればかからなかったであろう時間を食ったりもした。兵助と課題を終えた後の三郎は課題考査対策だけれど、苦手教科ばかりを残してしまう僕と、そもそも課題を「合宿」以外の時間でやろうという気がないはちとはその名の通り、宿題を完成させることに血眼になる。そもそも3日という長期間を確保しているのは、はちが2週間でやれといわれたものを最後までやらないからだ。
 「いつだっけ、はちの名言」
 「ああ、あれか。忘れたよ。つーか忌々しい」
 「本気でうざそうな声だなあ、ほんとに」
 はちはいいヤツだけど厄介だ。常々兵助はそう口にする。ほとんど真顔で、苦々しげな声を喉の奥から絞り出して。最初にこのセリフがでてきたのは、はちがあっけらかんとこう言い放ったときだった。狭いこたつにそれぞれ4人縮こまっておさまって、面積の足りるはずのない天盤に課題のノートやら年表やらを所狭く並べていたときだ。
 「『だって、宿題をしようがしまいがおれの成績は変わんねえけど、こうやって集まってやるのは楽しいじゃんか』」
 兵助によるはちの声真似は似ていなかった。というか、たぶん似せる気もなかった。誰のために集まってると思ってんだ!!中高一貫だからってナメてっとダブるぞ。兵助が続けた言葉は、あのときと同じだった。あのときの兵助は一瞬の静寂をつくったのち、火山にも匹敵する勢いで爆発した。また受話器の向こうでイスのきしむ音がした。重たい溜息が雑音となって届く。穏やかで落ち着いているように見られる兵助も、はちが絡むととたんに沸点が低くなる。怒りの沸点だけじゃない、呆れも、諦めも、あらゆることでなし崩し的にはちに向かってしまう。
 「笑ってんなよ」
 「笑ってないよ。兵助は面倒見がいいなって思っただけだよ」
 「おれじゃねえよ。あいつが厄介なんだ」
 おれはあいつになんか甘い気がするんだ。溜息と同時にそんな不毛な言葉を吐いて、兵助は黙った。
 甘い気がする、だなんて。身内に甘いのは兵助の常だ。はちにも、三郎にも、兵助は甘い。結論のない話に逐一相槌をうち、脈絡のないすっとぼけた発言には訂正を入れ、何度も同じ轍を踏む僕たちを見捨てない。なんとなく電話をかけてきたと言っていたけれど、おおかた、春休みが半分終わった段階での、僕たちの様子を気にしたんだろう。課題の話題だって、常々意識していたから出てきたものだろうし。
 かわいたあたたかい風が、僕の前髪に触れる。
 「ああ、もう。変わんねえな、ほんと。もう俺ら高3だっての。いつまでもいつまでも面倒見切れねえの、あいつ知ってんのかなあ」
 どうやら黙っていた間、兵助は知り合ってからの短くない年月を回想していたらしい。ふふふ、と、思わず笑いが漏れた。″いつまでもいつまでも面倒見切″ることになるのだろうと、まさか兵助が予感していないわけがないのに。面倒見は悪くない。頭も固いようで、案外柔軟だし、三郎相手に突っ込みを入れことができるくらいには回転も速い。付き合いも良くて、気も長い。なにより、兵助は、僕たちのことがとても好きだ。僕たちのすることを、くだらないと言いつつ、肯定的に受けとめる用意がある。
 「はちは要領いいからね。なんだかんだ大丈夫なんじゃない」
作品名:春休み現在進行形 作家名:なつめ