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春休み現在進行形

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 そんな兵助を前にして、つくづく僕も性格が悪いようだ。ここは、含み笑いで、はちは兵助にべったりだからねえ、とでも言ってやればよかったのに。彼の寛容がはちや三郎、僕に必要不可欠であることを聞かせてあげれば、それでよかったんだ。必要とされている安心、自分の替わりは他にいないのだという自信、そんなものものを彼に与えてやることが、僕にはできたのに。春風の気まぐれさは僕にも伝播する。何の気なしに、僕は兵助をいじめてみたくなる。
 「そうなんだろうけどさ。できるなら、自分でしろよなあ」
 少しだけ、ほんの少しだけ、兵助の声の出所が変わったのがわかる。唇をちいさく突き出してつくる、拗ねるような声色。兵助は、別に僕たちの間にあるものを疑ったりはしていない。ただ、それがいつかは自然消滅的に薄くなり、物理的なつながりがなくなるだろう日が来ることを、本能の怖がるような感覚で知っている。いまある安定をできるだけ維持したいと思う気持ちが、反応を想定した上での小言の形であらわれる。どうしたって僕たちは、他人の言葉でしか作りえない安らぎをもとめるのをやめられない。
窓枠の隅で蜘蛛の巣がごみをひっかけて風に揺れている。
 「ねえ。って、お世話になる身で僕が言うなってね」
 「まったくその通りです」
 幼さを表した兵助に満足して、もとより続かせる気のない半端な戯言はすぐに幕を閉じる。兵助を構成するいろいろな「正しいもの」に触れると、僕は得体のしれない苛立ちに出会う。それは、かけ離れているようにも思われるが、甘い懐古に似ていた。出来すぎのようにまっとうなつくりの兵助に対する、これはきっと嫉妬なのだろう。どう転んでも僕は兵助にはなれない。当たり前のことがやるせなかった。僕の言葉にすねる兵助を幼いと言ったけれど、兵助のほしがる言葉をやらず、そののちの兵助の様子に安堵している僕の方が、本当はずっと幼いんだ。でも、そんな引け目は胸中にしまっておける程度のもので、僕は兵助を選ぶことに躊躇しないし、自分の醜さを知らしめる存在でさえも、兵助であるというだけで、慈しまずにはいられない。おおらかであたたかいものに触れるたび、言いようなく満たされるのだから。
 ぱらぱらと、机の上に置いてあったノートのページが動き、その音は予想外に響いた。窓に手をかけて、携帯を肩に挟むと、兵助の声が近くなる。空は知らない間にずいぶん高くなっていて、潔い白さの雲がゆっくりと動いていく。
 兵助はひとしきり僕とはちの課題に対する姿勢を嘆き、それからやる気のあるのかないのかわからない三郎の態度に愚痴をこぼした。あとあと僕たちの面倒をみなければならないことが予想される兵助は、いつの間にか課題を追われるような速さで進めるようになったらしい。兵助だって特別勤勉なたちというわけではないのだ。
 「うん、信じてもらえないかもしれないけど、毎年ね、僕は兵助の苦労を思って、課題を早めに終わらそう、今年こそはって、決めてるんだよ」
 ちいさく耳元で雑音がする。低い声はばりばりとノイズも伴って僕の耳に届く。
 「で、その決心は3日も保たない。だろ?」
 信じないとは言わねえけど、雷蔵だし。そう言う兵助の声の出口は、また前の場所に戻っていた。いじめたあとは、甘やかしたくなる。兵助をねぎらう言葉は、なんの衒いもなく口をついた。思いすごしかもしれないが、弾む調子を見せた兵助の言葉に、眼尻が下がる。僕のひとことひとことに逐一反応を返す兵助を、僕は幼いとは思わずに、かわいらしいと感じるのだ。ウグイスの鳴き声がどこからか聞こえた。
 「だって、さっき兵助大丈夫だって、僕たちの面倒見てくれるって、言ったじゃない」
 「ハナからアテにしてんなよ」
 落ち着いた声が喉の奥でころころと転がるのを聞くのは心地が良い。花の匂いさえ含まれていそうなぬくい空気を鼻から吸い込む。音をたててページをめくったノートは、まだ真っ白だ。その先を埋めていくのは4人が揃ったときだと、課題を溜めている身としては不謹慎ではあるものの、顔中を緩ませた。
作品名:春休み現在進行形 作家名:なつめ