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Someday, Somehow

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「しえみ、お使いに行っておくれ」
 祓魔用品店『フツマヤ』の女将でもある母が、しえみを呼んだ。
「はーい」
 庭の世話をしていたしえみは、前掛けを取りながら店に通じる座敷に入った。
「正十字騎士團の支部だ」
 煙管の灰を落とした母が、日本支部へ通じる鍵と、部署名などを書いたメモを手渡す。
「お母さん、いつもの所?」
「いや、今日は違う部署からの注文だから、間違えないようにするんだよ」
「うん」
 しえみは注文の品が入った籐籠を手に、いってきます、と女将に手を振り店を出た。
 昨晩の雨が雲や空気中の埃を洗い流してしまったらしい。今日は素晴らしく晴れあがって、雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。正十字学園町を見下ろす、石造りの高い通路からは、珍しく富士山がくっきりと見えた。
「うわぁ」
 しえみは手すりに寄りかかって、ほんの少しの間素晴らしい景色を堪能する。天空《アマハラ》の庭を探しに出るまで、自分の家の庭しか知らなかった。あれから、祖母が亡くなり、奥村燐に出会い、祓魔塾に通うようになって、この素晴らしい眺めを知った。
「天空の庭……。いつか絶対、見つけるんだ」
 酷い人見知りだった自分が、祓魔塾に入って、祓魔師を目指し始めるなんて、あの頃には思いもよらなかった。母や祖母の後ろに隠れているだけだった自分が、そこから離れてついには京都にまで行ってしまった。京都の町も素晴らしかった。その帰りには熱海で任務のためとは言え、初めて水着まで着てしまった。
 自分の足でちゃんと歩けるよ、おばあちゃん。
 日差しはまだ暖かい。だが、ひょうと時折強く吹きつける風は、もう大分冷たかった。
「さ、行こう」
 しえみは通路を渡りきった塔の扉に、鍵を差し込んで捻った。

「やぁ、お使いか。いつもご苦労さん」
「こんにちは」
 日本支部の通用口を入ってすぐに、小さな受付がある。腰から上がガラスの引き窓になっていて、その後ろに座っていた團の制服を着た男が挨拶をよこす。支部へのお使いは今日が初めてではない。祓魔塾へ通いだしてから、時々母の代わりに注文の品を届けたりしていて、一部の職員とは顔見知りだった。彼らはしえみが祓魔塾に通っている候補生《エクスワイア》であることも知っている。
 しえみも手馴れたもので、受付においてある業者用名簿に、名前とあて先の部署を書き込む。
「はい、入館証。あれ、今日は資材部じゃないのかい?」
 フツマヤの名前が書かれた、名刺大のバッヂを差し出しながら、中年の男性が書きこまれた内容を見て尋ねる。
「はい、今日は研究開発部にって」
「そうか。あそこは東棟の一番上の階。どんづまりの一番奥だから」
 場所を教えてくれた男に礼を言って、しえみはすっかり見慣れた日本支部の中を歩く。いつもはそのまま一階の資材部へ届けて終わりだが、今日は行ったこともない場所だ。誰かに咎められるのではないか、と少しドキドキしながら階段を上がっていく。
 通常、正十字騎士團からの注文は、月ごとに沢山の品物が大量に発注されてくる。それを母が仕入れて團へ卸している。フツマヤへわざわざ出向いて来る祓魔師は、使うもの、材料などにこだわりの強い人の場合が多い。今日のようにお使いを頼まれるのは、例えば注文し忘れたり、発注したものの予想よりも多く消費されてしまって緊急に補充するためだったりする。それ以外で来る用件といえば、滅多に注文されない、あるいは大量には注文されない、比較的珍しい注文があったときだ。今日はどうやら珍しいものらしい。
「別の部署ってドキドキする」
 見慣れない周囲を見回しながら、一人ごちる。階段からそっと窺ったフロアは、たくさんの扉が並び、そこから人が忙しく出入りしている。手にたくさんの資料を抱えて、数人で何事かを話しながら廊下を歩いている人も多く、ザワザワとしていた。いつも行きなれた資材部はもっとしんと静かだ。
「雪ちゃんはきっとここに来たことあるんだろうな。祓魔師になったら、私もここを歩いたりするのかな」
 祓魔師のコートを着た奥村雪男が、廊下を颯爽と歩く後姿の幻影を見た気がした。そしてほんの少し未来のことを思い浮かべる。
 皆きっともっと大人になってるんだろうな。祓魔師のコートを着た燐、神木さん、勝呂君たち。きっとカッコイイだろうな。
 今と変わらず皆でわいわいと騒いでいる姿を想像して、くすりと笑う。
 自分もその場に居られたらいい。まだ今はそんな自分の姿を上手く思い浮かべることが出来なくても、頑張ればきっと自分の目で見ることが出来るだろう。自分が着るとは思っていなかった、正十字学園の制服を支給してもらった時のように。
 嬉しくなって、くすりと笑みを浮かべながら、足音も軽く階段を昇った。
 東棟の最上階に出ると、しんとした静寂が耳を打つ。磨き上げられたリノリウム張りの廊下には人が居なかった。だが、閉じられた扉の向こうからは微かな人の気配と灯りが洩れている。漆喰の壁からは、長年にわたって染み付いたのか、薬品のような微かな刺激臭がした。
「え……と。研究開発部」
 階段ホールにあった案内図の通りに歩いて、一番奥の扉の前に立つ。しばし、そのまま扉に着けられたプレートの文字を眺める。研究開発部。間違いない。初めての場所はいつも緊張する。塾の皆はそんなことないんだろうか? しえみは一つ深呼吸した。よし、と頷いて扉をノックしようと手を上げた。
 その瞬間、がちゃり、と音を立てて扉が開いた。
「わっ!」
「きゃっ!」
 驚いた二人が、同時に叫び声をあげた。
「ああ、ビックリした」
「ごっ……、ごめんなさい!」
 しえみが思わず謝る。部屋から出てきた女性が、こちらこそ、とにっこり笑った。肩まで掛かりそうな長さで切られた髪は、クセ毛なのかほんの少し緩やかに波打っている。Vネックのカットソーと、黒いパンツ。ハイヒールを履いて上には白衣。上品な色合いの口紅を塗った、大人の女性だ。
「ああ、フツマヤさんね」
「はい、オクムラさんに……」
「私よ。有り難う。マンドラゴラはなかなか手に入らないから、もっと掛かると思っていたわ」
 しえみは喜んでもらえて良かったと思いながら、籠から取り出した紙袋を渡そうとして、オヤ、と思った。
「あれ? 奥村……さん?」
 荷物を受け取ろうと手を差し出したまま、目の前の女性が首を傾げる。
「あのっ、まさか……」

****

「本当にごめんなさい……」
 しえみは恥ずかしくて顔を上げられなかった。本気で、穴があったら入ってしまいたい。いや、今この場で穴を掘って埋まりたいくらい居た堪れない。
「気にしないで」
 奥村がふふ、と優しく笑った。ますます申し訳ない気持ちになる。
 なんとなれば、しえみは大声で「奥村燐と雪男とはご親戚ですか?」などと聞いてしまったからだ。その言葉に、静かにキーボードや実験道具を扱う音だけがしていた研究室で、驚きの声があがった。バタバタと言う慌しい足音と共に、どこに居たのか、と思うほどの人数が戸口に押し寄せてきて、呆気に取られた奥村に、口々に今のは本当なのか、と問い始めた。何事かと顔を覗かせたほかの部署の人間が混ざって、騒ぎが収まるのに暫く時間が掛かった。
作品名:Someday, Somehow 作家名:せんり