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Someday, Somehow

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 騒ぎを収めた二人は、今は支部の職員用食堂でお茶を飲んでいるところだ。
「ここ最近はなかったんだけど、夏に入った頃は結構聞かれたわ。祓魔塾の一年、奥村燐の関係者かって」
 ハーブティが入ったマグカップをユラユラと揺らした。
「そうだったんですか」
 しえみは彼女の顔を見つめた。夏ごろと言えば、燐が悪魔、それもサタンの息子だと言う事実が発覚した時期だ。支部内でも相当に衝撃的な内容だったのだろう。
「残念ながら違うんだけど、ここまで言われると、いっそ関係者だった方が良かった気がするわね」
 奥村はおかしそうにくつくつと笑った。その顔をしえみはぼう、と見つめた。大人の女性《ヒト》だ……。今まで自分があったことのない人だった。正十字騎士團に居る以上、彼女も祓魔師であるはずだ。だが、塾の講師や、任務でも一緒になる女性とはどこか違った。資材部に居る人とも違う雰囲気だ。
 格好いい。そう思った。
「あの、研究開発部ってどんなお仕事をしてらっしゃるんですか?」
 しえみの問いに、微笑む。ほんの少し寂しそうな顔だと思ったのは気のせいだろうか。
「悪魔を切り刻むの」
「えっ?」
 驚いて聞き返した。目の前の女性は、優しい笑みを浮かべたままだ。
「言葉の通りよ。私たちは、悪魔を捕まえて、切り刻んで、殺すの」
 ことん、と陶器のマグカップがテーブルに置かれた。
「ひどいと思う?」
 白衣を着た大人の女の顔は、厳しい顔に変わっていた。射抜かれるような鋭い眼差しだ。しえみは見据えられたまま、暫く答えられなかった。ふっと、女の表情が緩む。
「ごめんなさい。意地悪が過ぎたわね」
「いえ……、あの……」
 言葉の衝撃が大きすぎて、まだきちんと頭が働かない。
「でも、残念ながら本当のことよ。どんなに祓魔師に必要なことでも、綺麗な言葉で言い繕っても、私たちがしているのはそう言うこと」
 少し苦い顔をして、マグカップをじっと見つめた。
「本当は、キライ……、なんですか?」
 しえみは恐る恐る尋ねた。奥村が驚いたような顔をした。
「なんだか苦しそうです……」
 彼女は何かを言おうと口を開いた。が、言葉は出てこなかった。彼女の携帯電話が着信音を立てたからだ。失礼、としえみに断って電話に出た。
「ごめんなさい。任務よ。私たちも出動しなくては」
 電話を切った奥村が、慌しく席を立った。
「あの……っ、お手伝いします! 私、候補生です!」
 思わず立ち上がって、大声を出してしまった。周りが何事かと驚いて、しえみたちの方を見ている。
 きっと、私今凄い顔をしてるんだろうな。でも。なんだか、このままこの人と別れたくない。
 相手は驚いた顔をしていたが、すぐにおかしそうに笑った。
「いいわ、ついてらっしゃい」

****

 しえみは、早く、と急かされて車に押し込まれた。ヴァンタイプの車だ。後部座席の後ろには頑丈な、金属性の箱がいくつも積まれて、天井と床から伸びたベルトで、動かないように固定されていた。その隙間に、何かの道具が入っているのだろう、カバンがいくつも押し込まれている。
 しえみは右隣を奥村、左隣に中年に差し掛かった男性職員に挟まれて座っていた。勝手に任務についていくなんて、ちょっと図々しかったかな? しかも、普段の着物姿だ。せめて制服で来れば良かった。
 隣の奥村からは、やわらかい香りがした。
 夕暮れの道路を、車が走り出す。誰も喋らない。低いエンジン音が静かな車内に響いてきた。
「悪魔に同情してはいけない」
 ぽつりと奥村が口を開いた。暗くなり始めた車内で、表情が良く見えない隣の女性の顔を見上げた。彼女は車窓から遠くを物憂げに見つめている。
「彼らも苦しむのよ。濃度を少しずつ変えた聖水を振り掛けられ、薬草、塩、油を混ぜて火をつけた魔除けで焼け爛れて、銀や鉄のナイフで切り刻まれて、聖典の一説を聞かされて、聖銀や塩の詰まった特殊な弾丸を撃ち込まれて、苦しみながら消滅していくの」
 しえみは言葉もなかった。ただ、奥村が淡々と語る、その底に潜む気持ちを感じ取っていた。
「それが人だったら、と思うと、ゾッとするわ」
 しえみには答えられなかった。慰められるような気の利いたことも言えない。私……、なんにも知らない。雪ちゃんも、こうやって悩んだりしたの? 燐も、神木さんも、勝呂君、三輪君、志摩君。皆、そうやって悩むのかな。もうとっくに悩んで答えを出してしまってるのかな。
「私……。判りません。でも、ニーちゃんを消したくはないし、幽霊《ゴースト》の男の子みたいに、思い残したことがあるならそれを叶えてあげたい。でも……」
 冷酷に割り切って、悪魔を祓わなくてはならない。そう言う場合があることも知っている。だが、言葉が詰まってしまって言えなかった。どうしよう、とあたふたする内に、情けなくなって涙が滲んできた。ずび、と鼻をすする。
「……それで良いのね、きっと」
 奥村がハンカチを差し出してくる。
「私にも正解は判らないわ。研究室に篭ってると、ふと判らなくなるの。悪魔を散々苦しめて、結果が出たって喜んでる自分はおかしいんじゃないか、って。祓魔には絶対に欠かせないことだし、私たちの研究結果がなければ、彼らは戦えない。そう頭では判っていても、時に挫けそうになる」
 貸してもらったハンカチで涙を拭う。少し水分を吸った布からは、加密列《カミツレ》と橙《ダイダイ》の花のやわらかな香りがした。
「私もきっと、そう思うと思います。任務でだって、必ず迷うと思います」
 でも、いずれ自分でどこかで線を引かなければならない。
 奥村が細い、それでも力強い指で、しえみの涙を拭った。彼女の方が泣きそうな顔をしている、と思った。
「忘れないで。後方にいる私たちだって、前線の祓魔師と同じように悪魔に対峙しているんだって」
 こくり、とうなずいた。
 何度も、何度も、きっと自分は迷うだろう。それこそ、みんなに呆れられるくらい。でも、迷うことを放棄するのは、きっと私らしくない。
 ――アンタって、雑草みたい。
 出雲の言葉を思い出す。
 そうだ。雑草さんたちみたいに、何度でも、何度でも立ち上がろう。そうして気がついたら、また行けるとも思っていなかった所にいる自分が見られるだろう。そうすれば、いつか、きっと天空の庭に辿り着くことも出来るかもしれない。
「着くわよ」
 奥村の言葉に、車内に緊張が走る。
「到着次第、聖水で防御。後続車のB班、C班と協力して、檻を下ろす。現場は山腹だ。捕獲網で捕まえて、引き摺り下ろしてくる」
 無線越しに指示を了解した旨が返って来た。今回は正十字騎士團が対応するのはかなり珍しい悪魔らしい。過去の遭遇例と祓魔例から火属性であること、またそれ以外の多少の知識はあるらしいが、遭遇率が極端に低く、團としても詳しい調査を欲しているらしい。
 車がそれまでの滑らかな運転から打って変わって、急激な旋回をして車が止まる。
「出動!」
 がらりと勇ましい声に変わった奥村の号令で、車から研究者たちが飛び出していく。その動きは前線で任務に当たる祓魔師たちと変わらない。彼らだって、祓魔師なのだ。
作品名:Someday, Somehow 作家名:せんり