雨風食堂 Episode1
山本の言葉を借りるなら、正に毛を逆立てた猫そのものだ。先ほどまでの会話を思い出して、シャマルがくつくつと喉の奥で笑うと、棚から薬を探していた獄寺が、ぎょっとしたように振り返って怪訝な顔をした。
「急に思い出し笑いなんてしてんじゃねーよ。不気味だろうが」
「うるせぇガキだな。お前と比べりゃ山本の方がよっぽど大人だな」
「あぁ? 山本だぁ?」
「さっきまでいたんだよ、ココに。部活の練習中に怪我したって言ってな」
すると、ひたすらに険悪だった獄寺の表情が、微妙に変化した。
「部活で怪我? ……ちっ、鈍くせぇやつだな。また十代目に心配かけるようなことを。どうせ、大した怪我じゃねぇんだろ?」
「まぁ、結構血は出ていたが、傷はそれほど深くないみたいだったな」
きちんと診てはいないが、その程度のことはわかる。そう答えると、獄寺は仏頂面で、ふぅん、とだけ呟いた。その反応に、シャマルはにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「意外だな。お前も山本を心配したりするんだな」
「……はぁ!? どこに目ぇつけてんだ、ボケ! いつ誰があいつの心配なんてした!」
「だって、今、怪我の具合をわざわざ確かめたじゃねぇか」
「そ、それは、あいつが怪我したって知ったら、十代目が心配なさるからだっ…! 俺はあいつが怪我しようと野たれ死のうと知ったこっちゃねぇんだよ!」
「あー、ハイハイ。うるせぇな。じゃあそういうことにしといてやるよ」
「ば…ッ! 適当に流すんじゃねー!」
何としてもきちんと訂正させようと獄寺は躍起になったけれど、シャマルはまるで取り合わなかった。
何だかんだと言いながら、沢田にとって山本が重要な存在だと認めていることには違いない。それはおそらく獄寺自身も自覚していないのだろうが、彼にとってはとても重要な変化だと、シャマルは思った。
――――そう。確かに、お前らは繋がってる。
例え互いが互いに抱いている感情がかみ合わなくても、ただ一つ、大切に思う存在を通して、彼らは否が応でも向かい合わなければならない。その良し悪しは別にして、結果として彼らにもたらされる変化について考えるのは、中々興味深いと思った。
青臭いガキどもの成長を見るのは、それほど悪いものではない。自分の過去を思い出して蘇るかすかな苦さと、懐かしさ。そして自分にはない未来の匂い。恋の駆け引きほどの面白さはないにせよ、この平凡な日常の、ちょっとした暇つぶしには丁度いいのかもしれない。
――――まぁ………、悪かねぇよな。
大きな欠伸をひとつして心の中でぼやいたシャマルは、まだ喚き続ける不肖の元弟子をどう丸めこんでしまおうかと、うららかな小春日和の空を見上げて算段を始めた。
作品名:雨風食堂 Episode1 作家名:あらた