雨風食堂 Episode1
獄寺はシャマルの問いに対し、露骨に眉をしかめてにらみ返した。だがやがて、そんな問いを発したことを馬鹿にするように、鼻で笑って言ったのだ。
「あのお人の凄さは、てめぇごときにはわかんねぇよ」
正直、ただの勘違いなのではないか、と思ったのは事実だ。だが、そのときの獄寺がひどく誇らしげで、眩しく見えて、何も言えなかった。それに、獄寺は少々思い込みが激しく短絡的な性格ではあったが、決して物を見る目がないわけではないし、頭だって悪くはない。何より、誰かを自分のテリトリーに入れることには、必要以上に敏感なのだ。
――――そうであれば、きっと隼人にとっては必要な存在なんだろう。
誰にも頼らず一人きりで生きていくのだと、世界を丸ごと拒絶するような頑なさがあった。だがそれは、自分のすべてを預けることのできる存在を求める思いの裏返しでもある。そしてその存在こそ、獄寺にとっての沢田なのだ。
かつて自分にまとわりついて離れなかった子どもの頃を思い出すと、柄にもなく時間の流れを感じてしまう。そういう存在が獄寺の人生の中に現れたことを素直に喜ぶ気持ちと、反面、それがかえって獄寺の視界を狭めてしまう可能性を危ぶむ気持ちもある。
――――あの沢田に、隼人の思いを受け止めきれるかどうか。
シャマルの目から見れば、どちらもまだまだ危なっかしいひよっ子だ。だが、彼らの側にはリボーンがいる。だから、自分が敢えて口を出すことでもなかろうと、今のところは傍観を決め込むことにしていた。
どうにか絆創膏を貼り終えたらしい山本は、ふぅん、と呟くと、空いている椅子に腰をおろして、話を続けた。
「じゃあさ、ツナみたいに……、とまでは言わねぇから、もう少し普通に仲良くなるにはどうしたらいいと思う?」
怪我の手当てが終わったならさっさと出て行け、という台詞が喉元まできていたのに、山本の問いを聞いて、驚きのあまり飲み込んでしまった。シャマルは珍しい動物でも見るような思いで、座ってきょとんとしいる山本をまじまじと見つめた。そして無精ひげをざらりと撫で、呟く。
「お前さん………、隼人と仲良くなりたいのか?」
「俺はそう思ってるんだけど、どうも上手くいかなくってさ。特に俺、あいつにはやたら敵視されてる感じだしな」
「それがわかっていながら、どうして仲良くしたいなんて思えるのか、俺にはその発想がまったく理解できないね」
呆れて言うと、山本は無邪気に笑って返した。
「だって俺、あいつのこと好きだし。好きな相手に好かれたいとか仲良くしたいって思うの、当たり前だろ?」
あまりに衒いのない台詞に、さすがのシャマルも唖然として二の句が継げなかった。獄寺がやたらと山本を目の敵にする大きな原因のひとつは、沢田の存在だ。自分が十代目の右腕と自負する獄寺にとって、沢田の最も親しい友人である山本の存在は、どうしても見過ごせないのだろう。更に言えば、山本は獄寺とはまるで正反対の性格である。その辺りも、獄寺が極端に山本をライバル視する理由のひとつだと思われた。
しかし、当の山本はそんな獄寺を疎ましいと思うどころか、何のためらいもなく好きだと言ってのけた。聞く限り、山本も自分が嫌われていることを理解していないわけではないようだ。
「それじゃあ逆に訊くが、あいつのどの辺が好きだって言うんだよ?」
「そうだなー。やっぱ、面白いとこかな? 見てて飽きないよな、あいつ」
にかっと笑ってためらいなく答えた山本に、シャマルは何だか頭を抱えたいような気分になった。天然特有のこの無邪気さは、シャマルのもっとも苦手とするものの一つだった。
――――飽きはしなくても、その前にうんざりするとこじゃねぇのか。
それを面白いの一言で括ってしまえる山本は大したものだが、少なくとも自分には死んでも理解できない感覚だ。
「それに……、獄寺はツナのこと、他のやつみてぇにダメツナって言わねぇもんな。見る目あるぜ」
それを聞いて、おや、と思ってシャマルは顔を上げた。
「へぇ……、そうか。お前さんはダメツナとは思わないわけだ」
「まぁ、そう思われちまうようなとこはあるかもしれねーけどな。でも、俺はツナのこと、ダメなやつだなんて思ったことねーよ。だから、獄寺がツナのこと慕ってるの、俺は嬉しいんだ」
「なるほどな……、要するにお前もつまるところは沢田ってわけだ」
「? 何だそれ?」
「ああ、気にするな。こっちの話だ」
不思議そうに小首を傾げる山本に、シャマルは適当に手を振って誤魔化した。本人はあまり自覚していないようなので、わざわざ説明してやるのも面倒だった。
山本と獄寺は、本当なら水と油のように相容れない性格だ。特に獄寺は、沢田がいなければ山本など眼中にも入れなかっただろう。それが、不本意ながらもあれ程に山本の存在を意識しているという状況を、どう見るか。
――――こいつは、悪くねぇかもしれねぇな。
山本も獄寺も、沢田を通して互いを認識してきた。だが、少なくとも山本の側では、それがわずかに変化し始めているように思えた。
「―――おい、山本。隼人のやつと仲良くなる方法なんて知らねぇからアドバイスは無理だが、ひとつだけ教えといてやる。………あいつは、多分お前が思っているよりも、お前のこと、嫌っちゃいないぜ」
「えっ? マジで?」
「おお。だからまぁ、後のやり方はてめぇで考えろ。ホラ、俺から言えるのはこれだけだ。用が済んだならさっさと出てけ」
しっしっと犬でも追い払うように手を振ったのだが、山本はまるで意に介さず、声を立てて笑いながら立ちあがった。
「そーだそーだ、俺、まだ部活中なんだっけ」
「まーた余計な傷こさえて戻ってくんじゃねぇぞ」
「あはは! さすがにこれ以上怪我すんのはまずいって。じゃ、ありがとうな、おっさん!」
俺はおっさん呼ばわりされるような歳じゃねぇ、と口にしかけて、今さら過ぎるかと思ってやめた。代わりに、保健室の扉を開けようとしていた山本の背中に向かって、一言だけ声をかけた。
「よく学び、よく遊び、よく悩めよ、青少年」
山本はくるりとこちらを振り返ると、白い歯をのぞかせて、にかっと満面に笑みを浮かべた。
「りょーかい!」
その顔を見て、自分はまた余計なことを言ってしまったと自覚したが、それもあとの祭りだった。午後の昼下がりの静けさを取り戻した保健室で、何やら妙に疲れたな、とシャマルは一人で溜め息を吐いた。
そしてなぜか、そういう日に限って面倒なことは続くもので、再び保健室の扉が開く音と共に、束の間の静寂が破れた。シャマルはげんなりとして扉の方を見遣る。
「………ったく、何だってヤローの顔を立て続けに見なきゃならんのかね。ああむさくるしい」
「てめぇ、人の顔見るなり喧嘩売ってんじゃねぇぞコラ! むさくるしいのはてめぇの面の方だ、鏡見ろ、鏡!」
「ギャーギャーやかましい。何の用だ、隼人。先に言っとくが、俺は男は診ねーからな」
「ンなこた、言われなくても知ってる! ちょっと薬を取りに来ただけだ。お前に用はねぇ!」
作品名:雨風食堂 Episode1 作家名:あらた