Meet again…?
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「失踪していた?」
ホームズ曰くモリアティーとの対決の途中、滝壺に落ちたというのは確かなのだが、幸いにも助かったらしく、死んだのはモリアーティだけだったという。
後に、残りのモリアーティ一味から逃れる為に、暫く色々な国を転々としていたらしい。
「資金は兄から援助してもらった。おかげで色々な所を広く見て回れたよ。アジアにチベット、それに…あぁ、思い出せばきりがないな。勿論、暢気に旅行しているばかりだけじゃなかったよ。世界各国に足を運びつつ、モリアーティ一味を懲らしめる方法もちゃんと考えていたさ。こちらが逃げてばかりでは格好が付かないからね。で、倒そうとはしたんだが――残念な事に、チャンスが来なくてね、結局そこまで上手くはいかなかったんだ」
少し困った様に笑いながらホームズは自身が空白だった期間を楽しそうに語った。
特に旅行の話しをしている時の姿は例えるならピクニックをして帰ってきた後にうきうきと感想を言っている子供の様だった。
しかし、一気に詰め込まれた話の内容に追いついていけず、当のワトソンの頭の中にはあまり入ってこなかった。ホームズの話を聞いてると言うよりは、ただただ、耳に入っては抜けていく感じだった。
話の、聞き取れた限りの要点を掴んで内容を整理していく。
確かに、対モリアーティ軍団の残りに備えて実際に準備していたのだろう。ホームズもモリアーティ戦の時はきっと今までの中で一番本気で、死を覚悟で戦ったに違いない。
親玉が死んだとはいえ、まだ軍が残っている。野望を阻止しなければならない。
しかし、考えている中で、あるひとつの疑問がふと、浮かび上がってきた。
何故連絡してくれなかったのだろう?
世界を股に掛けつつ、敵をどう阻止するのかと計画していてあまり時間がなかったのだと思う。
しかし手紙の一通でも寄越せただろう。いくらなんでもそこまでの時間はあったと思うし、消息不明かどうかぐらい伝えてくれても良かった筈だ。
それとも、今ではもう住む場所を別々としている自分には関係ないと? だから別にどうでもいいと? 時が流れるごとに、ゆっくりとだが順を追って徐々に理解していく。
腹立たしい事この上ない。考えれば考えるほど想いは強くなり、胸に焼け広がる。やがて怒りへと変わり、募り募っていった。
だから
「んっ? ワトソっ…ぶふぉっ!!」
だから、気付いた時には考えるより先に早く、手がでてしまっていた。ベッドから起き上がり、胸ぐらを掴んで殴りつける。
「っ、ワトソンっ! 何をするっ、待ってくれっ! 冷静になるんだ!!」
「冷静だと!? ふざけるなっ!! 失踪!? 散々目眩まししておいてどうして連絡のひとつも寄越さなかった!? 自分勝手にも程があるだろっ!!」
ホームズが何を言おうと最早今のワトソンには彼の口から出てくる言葉全てが言い訳にしか聞こえず、ひたすら殴って蹴ってを繰り返した。起き上がっては制止の言葉をかけるホームズ。それが何度も何度も繰り返し、起きてワトソンも繰り返し、暴力を振った。
違う。本当はこんな事をしたいんじゃない。ただ、自分の感情をぶつけて、彼を傷つけるんじゃなくて――。
次第に気分が高揚としてきて脳の感覚が痺れていく。それにつれて、怒りを通り越して後々から重たい何かが胸を埋め尽くしていった。
喜ぶべき事な筈だ。優しく抱き締めて「おかえり」の一言でも言ってやるべきだ。けれど、そんな事すらできずに自分は狂ったみたいに彼を傷つけて。
もう、どうしていいのかわからない。死んだと思っていた友が帰ってきた嬉しさと反面、生きてたならばどうして報告してくれなかったという怒りと悲しみが混ざりあい、ぐっちゃぐっちゃになる。
視界が、段々と滲んで、ぼやけていく。
目の辺りが熱でこもる。鼻の奧がつうん、とする。
「…ワトソン?」
今のワトソンの状態に戸惑いを感じているのか、恐る恐る、ホームズが名前を呼ぶ。
涙が止まらない。止めようとしても、溢れて、溢れて、どうしようもない。ずっと自分を抑えていた箍が弾けてしまったのだ。堪えていた怒りと、寂しさが――。
そのまま、やり場のない感情を持て余し、膝をがくんと落とし、首を垂れる。
ふと、なにかに抱かれた気がした。けれども、顔まで上げる気力はなかった。
「っ…離れろっ! 馬鹿野郎っ!」
苛立ちのあまり普段は滅多に口にしない汚い言葉まで吐いてしまう。せめてもの反撃、と両手で、自分の体を覆っている主の両肩を揺さぶる。だが、力が入らなくてはそれも意味をなさない。
どころか抱き締められる力の方が強くなる一方だ。大人気ないと分かっていても、今のワトソンには自身を止める術は見つからなかった。
――雫がまた一筋、一筋と伝う。あぁ、くそっ。
「…こっちは君が心配で、心配で…っ」
「うん」
「目にした時から分かっていたけれど、もしかしたらまだどこかで生きてるかもしれないってそう希望を持っていた…けれど、君は来なかった…っ」
「うん」
「以来何度も君を忘れようとした…メアリーとの日々を過ごし、埋め尽くそうとした。君との思い出を振り切ろうとした…」
会話の途中、声を詰まらせ、むせかえる。その度にひとつ、間を置き、呼吸を整えた。
「だけど…やっぱり無理だった。今でもタイプに向かっては君の記録書まで書き進めてしまっているし、いつの間にか、考えているのはホームズ、君の事ばかりなんだ…もういない筈なのに、心のどこかでは、忘れきれないんだ、」
「ああ」
力が、更に込められる。
「ごめんね、ワトソン」
不意に、長い旅の中で恐らく鍛えられたのだろう、以前に増してごつごつとした両手に顎と頬を同時に掴まれる。ゆっくりと引き上げられ刹那、チョコレート色の、真摯な瞳と出合いする。
瞼を閉じる。そうして――額を重ねる。
「ただいま」
END
作品名:Meet again…? 作家名:なずな